インドにおける労働組合と労働争議

労務

労働組合と労働争議

労働組合の交渉方法として、特に国営の企業では、労働組合をつくり、働かずして賃上げ交渉を行うという悪習があります。これは、インドがイギリスから独立した際に、通常の武力の集結による独立運動を行うというプロセスを取らず、仕事を放棄することでイギリス政府およびイギリス系企業に服従をしないという意思を示すことで、マハトマ・ガンジー主導の独立運動をしたことの影響と考えられています。

労働争議の中でも、インドが英国からの独立後最長・最大なものとして、ムンバイの繊維工場で1982年に起こった無期限ストが挙げられます。ダッタ・サーマントが25万人の参加者を率い、1年以上に渡り解雇や低賃金に対しての拒絶的な姿勢を示しました。

その後、労働組合の登録数は1986年から1996年にかけて約4万5,000から約5万5,000に増加していますが、組合員数は約800万人から約550万人へと減少しており、ストライキの発生件数も約1,500件から約半数にまで減少しています(Govt.ofIndia,PocketBookofLabourStatistics)。

これは、労働組合の分裂・細分化の表れであり、「内向きの多元化(InvolutedPluralism)」と呼ばれています。

海外進出企業にとって、労働問題への対応は経営戦略にまで影響が及び得る重要な問題です。労働争議が行われると、操業停止などを強いられることさえもあります。その結果、売上や利益の減少という直接的影響や、取引先からの信用低下など間接的なブランドイメージの悪化が発生する可能性もあります。さらに、労働問題は、現社員のモチベーションの低下を引き起こしたり、今後の採用活動において、優秀な人材から敬遠される要因にもなりかねません。主な労働問題の原因としては、本国とは異なる労働法や関係法規、文化の違いが挙げられます。

インドに先立ち多くの日本企業が進出している中国では、実際に労働争議の急増が経営に影響を及ぼしています。2015年時点で80万件で過去最多と急増しています。

労働争議の原因を見ると、労働報酬、保健福祉、契約解除の順に多くなっています。中でも外資系企業では、労働報酬が原因となる傾向がさらに強まっています。

インドにおける労働争議を分析すると、外資が100%、ないしは半数を超える出資比率の現地法人で多くストライキなどの労働争議が起きています。インドの労働関連法は、インドの社会主義的な特徴が反映された労働者保護の傾向が強くなっており、労働者の権利意識の強いことが、労働争議が増加する要因として挙げられます。

日本企業で自動車の製造・販売を行っているトヨタやホンダでも、インドの現地法人で労働争議が起きており、特にトヨタは2度の大きな労働争議を経験しています。この影響で、急成長しているインド自動車市場でありながら、労働争議が起きた2011年は、トヨタの年間生産台数が前年割れという事態となりました。

これが、トヨタの年間製造計画や、売上予測・達成率に影響を及ぼしたことは言うまでもありません。このように、労働問題は経営に影響を及ぼす重要な要因として捉える必要があります。その他の日系企業における労働争議の事例としては、以下のものが挙げられます。

インドのデリー近郊のグルガオンにあるホンダ・スクーター・インディア社では、2004年末から半年以上にわたり、労働争議が発生しました。この影響により、それまで1日約2,000台であった生産量が約400台にまで減少し、多額の損失が生じたと言われています。

この労働争議では、臨時工の労働条件に関する不満が主な原因とされています。また、2 0 1 1 年には、マルチスズキのマネサール工場で労働争議が発生しており、これにより生産量が前年の半分まで減少したとされて います。こちらも同様に労働条件に関する不満が原因とされていますが、マルチスズキ側は、事前予告のない違法な労働争議であったとしています。 2 0 1 4 年にはトヨタ自動車の子会社において、約 4,0 0 0 人の労働者により 1 カ月に及ぶストライキが発生しました。従業員による製品破壊や管理者への脅迫を理由に関係者は工場から締め出され、一部 社員は停職処分とされました。労働者は福利厚生の充実や賃上げを要求しましたが折り合わず、カルナタカ州の紛争処理機関に仲介を依頼 することで合意しました。 このように、インドでは、事前の予告や許可が必要な場合でもそれらを怠り、違法にストライキを起こすケースも見られますので、注意が必要です。

インドに先行して日本企業が進出している中国でも、賃金の上昇や現地スタッフの定着率が低い点で、インドと同様の傾向が見られます。インドでの人事マネジメントを考える上で、中国における日本企業がこれらの問題に対して取っている人事戦略を参考にすることができます。

たとえば、中国では従業員同士が互いの給料を開示するなど、会社の評価制度や自分自身の評価に非常に高い興味が持たれています。インドにおいても、この点について同様の傾向が見られます。自己が不利益に扱われていないか、平等に評価・判断されているかをとても敏感に感じ取ります。

近年まで、会社は運命共同体として考えられていた日本においては考え難いことですが、海外においては一般的に雇用者と従業員との関係は対等と考えられているため、自己の要求や言い分を強く主張することも多くあります。

主張する行為自体の善し悪しではなく、その主張の内容に会社が適切に対応しないことは、新たな人事・労働問題を生みだす原因になります。

賃金の交渉に際して、インドでは通常、提示された金額に対して交渉を行います。そのため、先に金額を提示する必要がある労働組合からの賃上げ交渉の際には、企業に法外な賃上げを要求することがあります。

このような習慣を知ったうえで、法外な要求に対して動揺したり、要求を鵜呑みにすることなく、労働組合が本当に要求したい水準について冷静に確認していくことが必要となります。

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