フィリピン進出日系企業のための労務管理完全ガイド ~労働環境・労働法・社会保障制度・駐在員管理まで徹底解説~

労務

皆さん、こんにちは!
東京コンサルティンググループ フィリピン拠点の古谷 桃可です!

いつもブログをお読みいただきありがとうございます。

さて、今回は「フィリピン進出日系企業のための労務管理完全ガイド」について
お話していこうと思います。

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はじめに

 フィリピンは、東南アジア随一の親日国として知られ、豊富な労働力と英語力の高さから、日本企業にとって有力な投資・進出先となっています。近年では「VIP(ベトナム・インドネシア・フィリピン)」とも呼ばれ、製造業やITサービス、コールセンターなど多様な業種で日本企業の現地法人設立が進んでいます。

 しかし、フィリピンで現地スタッフを雇用・管理するためには、日本とは異なる労働法制度・社会保障制度・給与計算ルールを正確に理解することが不可欠です。誤った運用は、労働争議や行政ペナルティのリスクにつながるだけでなく、現地スタッフとの信頼関係にも影響します。

 本ガイドでは、フィリピンの労働環境の実態から、フィリピン労働法の要点、雇用慣行、賃金制度、社会保障制度、そして駐在員の給与設計・帰任手続きまで、日系企業の実務担当者が知るべき情報を体系的にまとめました。進出前の情報収集から、現地スタッフの採用後の日常管理まで、幅広くお役立ていただければ幸いです。

 

第1章 フィリピンの労働環境

1-1 就業人口と雇用情勢

 フィリピンの人口構成は、年少人口(0〜14歳)が約34%、生産年齢人口(15〜64歳)が約62%、高齢者人口(65歳以上)が約4%という、非常に若い構造をしています。15歳以上人口は2020年時点で約7,526万人に達しており、前年比で約160万人増加しています。また、労働力人口も同年に約4,039万人と増加傾向にあります。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2020〜2021年にかけて失業率は一時大幅に上昇しましたが、その後の規制緩和とともに雇用情勢は順調に回復しています。2023年の失業率は過去最低の4.3%(約219万人)を記録し、就業率は96.9%と過去最高水準に達しました。また、不完全就業率も14.2%から12.3%へと低下しており、雇用の質も向上しています。

 失業者の傾向としては、15〜34歳の若年層が失業者全体の約半数を占めており、若年労働者の技能育成が課題となっています。また、男性の失業率が女性を上回る傾向も見られます。

 

1-2 産業別就業構造

 産業別就業者の割合を見ると、サービス業が約60%(2024年)と最も高く、次いで農業が21%、工業が19%となっています。サービス業の中でも卸売・小売・自動車関連が21%と最大のシェアを占め、建設業(10%)、輸送・倉庫(8%)がそれに続きます。

 長期的なトレンドとしては、農業部門の就業者割合が減少し、サービス部門が増加しており、フィリピン経済の「サービス業化」が着実に進んでいます。また近年は、コールセンター(BPO)やIT関連企業の進出が活発で、特にマニラおよびセブのITパーク周辺では日系企業の集積が進んでいます。

 

1-3 産業別賃金水準

 2022年の全産業平均月額賃金は14,588ペソで、2020年(13,646ペソ)から上昇傾向にあります。産業別では電気・ガス・水道が29,928ペソ、情報通信が25,988ペソ、専門職が22,463ペソと高く、製造業・農業は平均以下の水準となっています。

 

産業

月額賃金(ペソ)

備考

電気・ガス・水道

29,928

最高水準

情報通信

25,988

IT・BPO関連

専門職

22,463

会計・法務等

金融業

17,155

 

保健・社会福祉

15,885

 

全産業平均

14,588

2022年実績

 

1-4 他国との賃金比較(周辺アジア諸国との比較)

 製造業ワーカーレベルの月額平均賃金(USドル換算)をアジア各都市と比較すると、マニラ(294ドル)・セブ(223ドル)はホーチミン(311ドル)と並び、低コスト労働力の提供国として競争力を持っています。シンガポール(1,905ドル)やクアラルンプール(430ドル)に比べると格段に安価です。

 さらに特筆すべきは、フィリピンのTOEIC平均スコアが750程度と高く、英語でのビジネスコミュニケーションが円滑に行えること、ホスピタリティや親日性の高さ、帰属意識の強さといった、数値化しにくい強みも日系企業から高く評価されています。

 

都市(国)

ワーカー

エンジニア

中間管理職

スタッフ

マネージャー

マニラ(フィリピン)

294

495

1,051

516

1,863

シンガポール

1,905

2,681

4,195

2,692

4,722

バンコク(タイ)

385

663

1,884

744

1,642

ジャカルタ(インドネシア)

407

614

1,353

590

1,470

ホーチミン(ベトナム)

311

591

1,253

721

1,546

(単位:USドル/月 出所:各種調査データ)

 

1-5 マニラとセブの比較

 フィリピン国内では、マニラとセブが主要な企業進出先となっています。賃金水準はワーカーレベルでマニラがセブより約5%高い傾向がありますが、マニラの賃金は近年緩やかな低下傾向も見られます。

 マニラはインフラや労働人口の充実度でセブを上回りますが、セブには多数の大学・短大があり、高等教育を受けた若年労働者を比較的安い賃金で採用できるメリットがあります。セブには「ITパーク」と呼ばれるビジネス街があり、日系IT企業や英語学校の進出も盛んです。

 

第2章 フィリピン労働法の要点

2-1 フィリピン労働法の基本理念

 フィリピンの労働関係は「フィリピン労働法(Labor Code of the Philippines)」とその施行規則によって規律されています。同法は第3条で、国家が労働者の保護・完全雇用の促進・性別や民族・信条にとらわれない平等な機会の確保・労使関係の調整に努めることを宣言しており、全体として労働者に手厚い保護が図られています。

 注目すべきは第4条で、法律の解釈が分かれる場合は労働者の利益を優先することが明記されている点です。つまり、使用者(企業)側は常に法令を正確に遵守することが求められます。

 また、日本など多くの国の労働法が属地主義(国内で働く者だけを対象)であるのに対し、フィリピン労働法は海外フィリピン労働者(OFW)に関する規定も含んでいる点が特徴的です。第22条では、海外で得た収入の一部を自国の家族に送金する義務も規定されており、フィリピン経済において海外送金が果たす重要な役割を反映しています。

 

2-2 雇用契約・試用期間・就業規則

 フィリピン労働法上、雇用契約は口頭・書面のどちらでも有効ですが、後日の紛争を防ぐため書面締結が一般的です。雇用契約書は通常英語で作成され、就業日・報酬と手当・役割と責任等を記載します。

 試用期間は最長6カ月まで認められており、正当な理由がある場合や採用時に示した合理的基準を満たさない場合には、試用期間中に契約を打ち切ることが可能です。ただし、打ち切りには30日以上前の書面通知が必要なため、実質的な最終評価は雇用から5カ月以内に行う必要があります。

 就業規則については法律上の明文規定はありませんが、ほぼすべての企業で作成されており、日本と同様に会社の裁量で内容を決定できます(ただし法律・道徳に反しないこと)。

 

2-3 労働時間・休日・割増賃金

 フィリピンの基本労働時間は1日8時間・週5日(最大週48時間)で、日本(週40時間)より上限がやや高めです。休憩時間は60分以上の食事休憩が義務付けられており、5〜20分の小休憩も労働時間とみなされる点が日本とは異なります。

 割増賃金については、日本より細かく分類されています。

 

労働形態

日本

フィリピン

時間外労働

1.25倍

1.25倍

深夜労働

1.25倍

1.10倍(夜間)

週休日労働

1.35倍

1.30倍

特別祝祭日労働

1.30倍

一般祝祭日労働

2.00倍(日本より高率)

年次有給休暇

6カ月以上勤務→10日〜

1年以上→5日以上

 

 特に一般祝祭日(Regular Holiday)の割増率が2.00倍と高く、フィリピンには日本より多数の祝日があるため、年間人件費計算の際には注意が必要です。年次有給休暇は1年以上勤務で5日以上付与され、日本と異なり勤続年数に比例して増えません。また、フィリピンでは未消化分5日については雇用者が買い上げる義務が生じます。

 

2-4 解雇規制

 フィリピンでは民間企業の労働者を正当な理由なく解雇することは法律で禁止されています(労働法第297〜299条)。正当な解雇理由として認められるのは主に以下の場合です。

  •   労働者が命令・規則に著しく違反している場合
  •   使用者が必要な人員削減を行う場合(リストラ)
  •   労働者が法で指定される疾病を継続して患っている場合

 人員削減の場合は、雇用終了予定日の少なくとも1カ月前までに労働者および労働雇用大臣(DOLE)へ書面で通知する義務があります。また、退職金として「継続勤務年数×0.5カ月分の給与」か「最低1カ月分の給与」のいずれか多い方を支払う必要があります。

 実務上の重要な注意点として、フィリピンでは解雇手続きを実施しても調停・裁判において企業側が不利な判断を受けるケースが多い傾向があります。そのため、採用段階での慎重な選考と試用期間の活用が、労務管理リスクを低減する最も効果的な手段といえます。

 

2-5 女性の雇用と法定休暇

 フィリピンでも日本と同様に、雇用条件における性別差別は禁止されています。また、妊産婦に対する特別保護が充実しており、出産休暇(Maternity Leave)については2019年の法改正により、出産回数制限が撤廃され、自然分娩の場合は105日(旧法60日)の有給休暇が付与されるようになりました。シングルマザーにはさらに15日が追加されます。

 その他にも、フィリピン特有の法定休暇として以下があります。

  •   父親育児休暇(Paternity Leave):既婚男性に最大14日
  •   シングルペアレント休暇:年7日
  •   女性・子どもへの暴力被害者への休暇:10日
  •   女性に対する特別休暇(婦人科疾患手術時)

 これらはすべて有給であり、企業の人件費負担に直結します。特に出産休暇については社会保障制度(SSS)からの補填がありますが、手続きを正確に行う必要があります。

 

第3章 賃金制度と雇用慣行

3-1 最低賃金

 フィリピンの法定最低賃金は全国17の地方ごとに異なる金額が設定されており、改定頻度も地域によって異なります。マニラ首都圏(NCR:National Capital Region)では、概ね年1回のペースで新しい賃金法令が発布されます。

 2024年7月時点でのNCRの最低賃金は、非農業労働者で日額645ペソ(農業労働者は608ペソ)となっています。最低賃金を下回る賃金を支払った場合は法律上の罰則対象となり、財政難の企業や自然災害の被害を受けた企業等には例外的な免除規定も設けられています。

 

年度

非農業(ペソ)

農業(ペソ)

上昇額

2022年

570

533

+33

2023年

610

573

+40

2024年

645

608

+35

(マニラ首都圏・日額ベース)

 

3-2 給与支払のルール

 フィリピンでは原則として、労働者に賃金を最低2週間に1回(または1カ月に2回・16日以内の間隔)で直接支払うことが義務付けられています。日本(月1回が一般的)より支払頻度が高く、使用者側の事務負担も大きくなります。

 賃金は通貨で支払うことが原則で、商品券や約束手形等での代替は認められません。ただし、労働協約で定めがある場合や一定条件を満たす場合は、銀行振込による支払も認められます。なお、使用者の事業が倒産・清算される場合、従業員は政府や他の債権者より優先して賃金等を受け取ることができます。

 

3-3 13カ月給与(13th Month Pay)

 フィリピンがアジアの中で唯一のキリスト教国であることを背景に、クリスマスと新年を正しく祝うために、「13カ月給与法(The 13th-Month Pay Law)」が定められています。

 雇用者は毎年12月24日以前に、労働者がその年に受け取った基本給の1カ月分を13カ月手当として支払わなければなりません(2回に分割支払も可)。支給期限を守らない場合は法律上の罰則があります。

 なお、13カ月手当については最高90,000ペソまで所得税が免除されます(REPUBLIC ACT No.10963)。一方、それ以外の賞与支払は義務付けられておらず、フィリピンの現地企業では賞与の支払は一般的ではありませんが、日系企業では独自に賞与を支払うケースが多く見られます。

 

3-4 定年退職金

 フィリピンでは60歳に達し、かつ5年以上勤務した従業員への定年退職金の支払が義務付けられています。法定支払金額の計算式は以下の通りです。

 法定退職金 = 退職時の基本給0.5カ月分(=22.5日分) × 勤続年数

 ここで「0.5カ月分」は15日+13カ月手当の12分の1(2.5日)+年次有給休暇(5日)の合計22.5日分と定義されており、実質的な負担は日本の退職金より計算が複雑です。

 

3-5 各種手当の相場

 フィリピンで現地スタッフを採用する際は、基本給以外の一般的な手当も理解しておく必要があります。日系企業で一般的に導入されている手当は以下のとおりです。

  •   時間外手当:法令上義務(割増率は労働時間の種別に応じて設定)
  •   出張手当:フィリピン人は家族の絆が強く、出張時のケアを手厚くする傾向あり
  •   通勤手当:従業員一律の定額支給または会社バスの送迎サービスが一般的
  •   昼食手当:定額手当支給(約6割)または社員食堂提供(約4割)
  •   役職手当:リーダー/主任以上に約40%、ジュニアマネージャー以上に約30%の企業が支給
  •   資格・語学手当:専門技術・会計・日本語能力・英語能力の順で支給割合が高い
  •   住宅手当:定額支給または社宅・寮提供(各約50%の企業が実施)
  •   皆勤手当:モチベーション向上のため、約半数の日系企業が導入

 

第4章 労働組合と労働争議

4-1 労働組合の概要

 フィリピン労働法では、労働者の権利として団結権と団体交渉権が認められています。労働組合はDOLE(フィリピン労働雇用省)に登録した時点で合法となり、外国人労働者も条件を満たせば組合に参加・設立することが可能です。

 2015年時点での労働者総数約4,166万人に対し、労働組合員は約360万人に過ぎず、組合組織率はまだ低い水準にあります。2007年の法改正により組合設立が容易になったことで組合数は増加しましたが、同時に2009年のNLRC(中央労使関係委員会)・NCMB(中央斡旋調停委員会)の整備により、ストライキ件数は大幅に減少しています。2015年の実施ストライキは5件と極めて少なくなっています。

 

4-2 労働争議の解決手続き

 労働争議が発生した場合の解決手続きは、労働関係法に以下のように規定されています。

  •   団体交渉における意見相違→要求日から10日以内に話し合いの場を要求できる
  •   話し合いで解決しない場合→NCMBによる調停会議への招集
  •   双方の合意による任意仲裁→30日以内に仲裁人の聴聞・決定
  •   NCMBの決定に不服がある場合→最高裁判所への訴訟

 フィリピン政府はDOLEの「SpeED(Speedy and Efficient Delivery of Labor Justice)」計画を通じて、労働問題の迅速な解決を推進しており、今後も安定した労使関係が続くと見られています。

 

第5章 社会保障制度

5-1 フィリピン社会保障制度の全体像

 フィリピンの社会保障制度は主に以下の3つの機関によって運営されています。

 

機関名

略称

対象

主な給付内容

社会保障制度

SSS

一般民間労働者

傷病・出産・退職・障害・死亡手当

健康保険公社

PhilHealth

全労働者

入院・外来医療費給付

持家促進相互基金

HDMF/Pag-IBIG

民間・公務員

住宅資金貸付・多目的貸付

公務員社会保険基金

GSIS

公務員のみ

SSSと同様の給付

 

 なお、日本における介護保険・雇用(失業)保険に相当する制度はフィリピンにはありません(雇用保険的な機能の一部はSSSでカバー)。原則として60歳以下のすべての労働者(外国人を含む)に対し、SSS・PhilHealth・HDMFの3つへの加入と保険料負担が義務付けられています。

 

5-2 SSS(社会保障制度)の保険料

 SSSの保険料は月額給与に基づく標準報酬月額表をもとに計算されます。雇用者の負担額は労働者の負担額の約210〜230%となっており、月額上限も設けられています。

例として、月給10,000ペソの従業員の場合、従業員負担500ペソ、雇用者負担1,010ペソ(EC拠出10ペソを含む)、合計1,510ペソとなります。

 また、SSSに加入する企業はHDMFに月額最高約100ペソ、PhilHealthに月額最高約400ペソを追加で負担します。

 

5-3 PhilHealth(健康保険公社)

 PhilHealthは公的医療保険を運営する機関で、1998年にSSSから分離して設立されました。保険料は標準報酬月額の2.5%で、労使折半での負担となります。

 直近6カ月以内に3カ月以上の保険料を納付している場合、入院時の医療費給付を受けることができます。給付の対象となる入院日数は加入者本人が年間45日間、扶養家族合計でも45日間以内という制限があります。

 

5-4 HDMF/Pag-IBIG(持家促進相互基金)

 通称「Pag-IBIG」として知られるHDMFは、住宅資金の貸付を主たる目的とする機関です。従業員1名あたりの掛金は通常100ペソです。住宅資金の貸付のほか、短期の多目的貸付・貯蓄プログラムも提供しており、現地スタッフの生活資金調達の選択肢となっています。

 

5-5 労災保険(社会保険法)

 フィリピンの労災保険は、社会保険法の適用を受けるすべての雇用者・労働者に適用されます。労災保険料は労働者の月給の約1%で、雇用者のみが全額負担します(日本と同様)。

 給付内容には、療養給付・医療給付金(平均賃金日額の90%)・障害給付金(全部・部分)・死亡給付金(月給相当額)・葬祭料(12,000ペソの一時金)が含まれます。

 

第6章 駐在員の労務管理

6-1 海外フィリピン労働者(OFW)と雇用情勢への影響

 フィリピンの雇用情勢を理解する上で欠かせない視点が、「海外フィリピン労働者(OFW:Overseas Filipino Workers)」の存在です。OFWの数と海外からの送金額はともに増加傾向にあり、海外送金はフィリピン国内経済を支える重要な柱となっています。

 また、多くの労働者が海外出稼ぎを希望していることが失業率の上昇に一定の歯止めをかけている側面もあります。一方で、高等教育を受けた高技能者の多くが海外に流出(ブレインドレイン)しており、国内における高度人材の確保が企業にとっての課題となっています。

 

6-2 日本からの駐在員と社会保険

 日本から駐在員をフィリピンに派遣する場合、日本国内の社会保険(健康保険・厚生年金・雇用保険)の取り扱いは、出向の形態によって異なります。

  •   在籍出向(出向元との雇用関係継続):出向元からの給与支払がある限り、日本の社会保険の被保険者資格は継続します。
  •   転籍出向(出向元との雇用関係終了):日本の社会保険の被保険者資格は喪失します。転籍出向では厚生年金保険の継続はできないため、希望する場合は国民年金への任意加入が必要です。

 海外赴任中に現地で医療を受けた場合でも、日本の健康保険の被保険者資格が継続していれば「療養費」として申請が可能ですが、医療費を一度全額自己負担してから申請する手順となります。

 

6-3 労災保険の海外派遣特別加入制度

 日本の労災保険は国内事業所で働く労働者が対象であるため、海外に出向する労働者は原則として対象外となります。しかし「海外派遣者特別加入制度」を活用することで、海外勤務中も労災保険の給付を受けることが可能になります(労働者災害補償保険法33条特別加入)。

 特別加入の保険料は保険料算定基礎額に保険料率を乗じた金額で、年間最低3,831円〜最高27,375円です。フィリピンへの駐在員を送り出す際は、この制度の活用を強く推奨します。

 

6-4 駐在員帰任時の手続き

 駐在員がフィリピンから日本に帰任する際は、以下の手続きが必要となります。これらを怠ると、将来的に就労ビザを申請した企業や本人が移民局のブラックリストに掲載されるリスクや、労働局・移民局からのペナルティが発生する可能性があります。

  •   労働局(DOLE):外国人労働許可書(AEP)のキャンセル
  •   移民局(BI):外国人登録証(ACRカード)のキャンセル
  •   就労ビザ(9Gビザ)から観光ビザへのダウングレード
  •   フィリピン出国許可証(ECC:Emigration Clearance Certificate)の取得

 これらの手続きにはスムーズに進んでも3〜4週間かかり、手続き期間中は帰任する駐在員がフィリピン国外に出国できません。帰任が決まり次第、早期に手続きを開始し、取引先への挨拶・銀行のサイナー変更・取締役変更手続き等を並行して進めることが重要です。

 

第7章 駐在員の給与設計

7-1 日本・フィリピン間の給与格差問題

 フィリピン駐在員に対して給与を支払う場合、日本とフィリピンでは給与計算方法・適用税率に大きな差があるため、単純に日本と同じ給与体系を適用することはできません。

 日本では給与所得控除(65万円)と基礎控除(38万円)があり、収入103万円以内であれば所得税は非課税です。一方、フィリピンの基礎控除は5万ペソ(約10万円)と非常に低く、最高税率35%が適用される所得の閾値も比較的低めに設定されています。このため、日本と同額の給与を支払うと手取り額が減少するケースが生じます。

 

年間課税所得(ペソ)

フィリピン所得税率

〜250,000

0%(非課税)

250,001〜400,000

超過分×15%

400,001〜800,000

22,500+超過分×20%

800,001〜2,000,000

102,500+超過分×25%

2,000,001〜8,000,000

402,500+超過分×30%

8,000,001〜

2,202,500+超過分×35%

(フィリピン居住者および外国籍非居住者に適用)

 

7-2 給与設計上の実務ポイント

 駐在員の給与設計においては、以下の点を事前に十分検討する必要があります。

  •   日本側とフィリピン側の二重課税回避協定(租税条約)の確認
  •   日本払い給与とフィリピン払い給与の分割設計
  •   フィリピン側での所得税申告義務(翌年4月15日期限)の管理
  •   帰任後の日本側での年末調整(居住者となった日以後の給与が対象)

 また、フィリピンで就労した期間中にフィリピン国外で給与を受け取っている場合も、その分の確定申告がフィリピン側で必要となります。給与設計を誤ると二重課税や申告漏れが生じるため、フィリピンの税務に精通した専門家への相談を強くお勧めします。

 

まとめ

 本ガイドでは、フィリピンに進出する日系企業が必ず理解しておくべき労務管理の全体像を解説してきました。最後に重要ポイントを整理します。

  •   フィリピンは若い人口構成・低失業率・英語力の高さから、日本企業にとって有力な投資先となっている
  •   フィリピン労働法は労働者保護に手厚く、解雇規制・賃金規制・各種休暇制度を正確に理解して運用することが必須
  •   13カ月給与・定年退職金・最低賃金遵守は法定義務であり、違反は罰則対象となる
  •   社会保障はSSS・PhilHealth・HDMFの3機関への加入が義務付けられており、外国人駐在員にも適用される
  •   駐在員の派遣・帰任には日本とフィリピン双方の社会保険・税務・ビザ手続きが絡み合うため、早期かつ専門家を交えた対応が不可欠
  •   給与設計では二国間の税率差・租税条約・申告義務を考慮した設計が必要

 

 フィリピンへの進出・現地スタッフの採用は、適切な制度理解と丁寧な労務管理があって初めて、持続的なビジネスの基盤となります。本ガイドが、皆様のフィリピンビジネスの一助となれば幸いです。

 

【参考文献】

・ 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社国際事業本部編『投資ガイドブックフィリピン』三菱東京UFJ銀行国際業務部

・ Herald Digital Law Publishing 『Philippine Tax Laws: The Basics (Basic Philippine Laws series)』

・ フィリピン社会保障制度(SSS)公式資料

・ フィリピン労働雇用省(DOLE)公式資料

 

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