<概要>
T氏は、2000年から2015年までY社に勤めており、最終役職は管理職(Supervisor)であり、月給2,700RMをY社から受け取っていた。しかし、T氏とY社の間では、正式な労働契約書は締結していなかった。その理由は、T氏の姉は、Y社の取締役であるK氏の妻であり、T氏の労働契約は取締役であるK氏により承認されたものであったからである。
2015年3月7日、T氏の姉が亡くなり、同年7月15日にT氏はY社より以下の内容が記載されている解雇通知書を受け取った。
(1)2015年7月31日をもって労働契約を解除する
(2)契約解除の手はずとして、2か月分の給料(RM5,400)を支給する
※ただし、有給外での欠勤分である14日間分は、上記の金額から控除する
上記の解雇通知書には、署名欄にサインの記載はなく、ただ「取締役の名前」しか記載されていなかった。T氏は、解雇通知書に記載されている解雇理由に関して、具体的な言及がされていないとしてY社の行為は不当解雇に該当すると主張し、Y社を提訴した。
一方でY社側は、T氏は姉の死後、業務の質の低下がみられたこと、また2か月分の給料を受け取る代わりに辞職することを了承しているという2点から本件については不当解雇ではないと主張している。
<従業員側の主張>
2000年に締結された労働契約書は公的書面によって承認されたものではないが、T氏の姉婿であるY社の取締役K氏が、T氏がY社で働くことについて承認している。
2015年7月15日、T氏はY社より解雇通知書を受け取った。解雇通知書の内容には契約解除日および解除の手はずとしての2か月分給料の支給についての記載のみがされており、具体的な契約解除の理由については触れられていなかった。
T氏はこのことに対し、具体的な契約解除の理由が記載されていない解雇通知書は、不当なものであると主張している。
<会社側の主張>
解雇通知書において記載されている通り、契約解除の手はずとしてT氏には2か月分の給料を支払っている。Y社の元弁護士による陳述答弁書によれば、T氏は無断欠勤を行っており、T氏の姉の死後においては、特に業務の質の低下が顕著であった。
またY社はT氏が2か月分の給料であるRM5,400を受け取る代わりに辞めることを自発的に了承していたと証言した。しかしながら、T氏は14日間の欠勤があるため、その合計値であるRM1,453.85は控除することにしている。
Y社はT氏の業務に対する質の低下がみられたこと、また2ヶ月分の給料を受け取る代わりに、すぐに辞めることを了承したという2点から本件は不当解雇には該当しないと主張している。
<判決>
解雇後、T氏は販売促進員としてのパートを行っていたが定期的な収入をもたらすような仕事ではなかった。T氏が解雇前と同様の役職で復職できるかどうかについて裁判所はY社とT氏が良好な関係を維持できるか、またこのことを保証できたとしてT氏を復職させるべきかどうかということに重きを置いた。解雇による両者の関係が良好でないと判断し、またY社の出廷拒否という一連の成り行きを考慮したうえで、復職による和解は成り立たないと判断し、T氏を復職させるべきではないとする。それは、下記の判決を参照している。
Koperasi Serbaguna Sanya Bhd. (Sabah) v. Dr. James Alfred and Anor [2000] より
労働法において、不当解雇における通常の救済措置は復職の要求である。復職が拒否される場合はごく稀であり、例えば、本件のように、両者の関係性が極めて不良である場合に、復職させることが両者の調和に貢献するとは考えられないときがこれにあたる。そのような場合、産業裁判所は損害賠償を認めることができる。このような場合、措置としては、(1)延滞金、もしくは未払賃金と呼ばれるもので、雇用者が不法行為によって解雇された期間に対する賠償、(2)復職の代わりに払われる賠償の2つが挙げられる。
上記の判例を踏まえ、裁判所は解雇された当初から今日までにおける、支払済の2か月分の給料を控除した未払賃金の補償金支払いを命じ、それに加え、復職の代わりに支払う補償金の支払いを命ずる。T氏に対する補償金の計算方法は以下の通りである。
未払賃金:RM 2,700.00 × 16か月
(2015年7月31日~2016年11月30日) =RM 43,200.00
差し引き(支払い済み2か月分) =RM 5,400.00
=RM 37,800.00
復職に代わる賠償金は1年を1か月の月収として換算する:
RM 2,700.00 × 15年分
(2000~2015年) =RM 40,500.00
合計=RM 78,300.00
この合計額から必要であれば社会保険料や所得税などの法定控除を差し引き、その残額をY社はT氏の弁護士であるMessrs Arun Kumar&Associatesを通じて本日より、30日以内に支払うように命じた。
<裁判所の見解>
「Y社はT氏への解雇通知書に2か月分の給料を支払うということ以外は明記していないということ」、「T氏に対する解雇が正当な理由によるものかどうかの証明責任はY社にあり、Y社が出廷しなかったこと」の二点を重んじ、Y社がT氏の証拠に反駁しないという意思決定をしたと判断いたしました。また、Y社はさらにT氏の勤怠の質が低下したということを証明することができていないという点も考慮し、裁判所はT氏が解雇されるきっかけとなった解雇通知書およびT氏の自発的な退職申し出に正当性が認められないとし、T氏の解雇は不当解雇によるものと判断いたしました。
<判決のポイント>
解雇が不当なものであるかどうかを判断する場合、下記の3点が中心に裁判所は判断いたします。
1.労働者に重大な規律違反があったか(懲戒解雇)
2.労働者の能力に著しく問題があるか(能力不足を理由にした解雇)
3.会社の経営状態が著しく悪い(整理解雇)
本件においては(1)T氏が出廷しているのにもかかわらず、Y社が一度も出廷をしなかったという判決までの一連の流れがT氏とY社の公平性を保つものかどうか、(2)解雇通知書による解雇が正当なものに該当するかどうかということが争点となりました。Y社が裁判所に出廷しなかったこと、また解雇通知書に解雇理由の具体的な記述がなされておらず、勤怠の質が低下したという証明も行うことができなかったことから不当解雇とみなされました。
書面で解雇を通達する際は解雇する理由を明記し、それを従業員にしっかり説明することで、不当解雇のリスクを減らすことができます。また、解雇後のカウンセリングを行っている会社などを使い、解雇後に訴えを起こそうとする従業員の潜在リスクを下げることもまた重要なことだと思います。