前稿ではJVのコーポレートガバナンスとして取締役会・定数・Reserved Matters・Casting Vote・情報アクセス権を取り上げました。本稿では日系企業が特に見落としがちな追加論点を解説します。いずれも入口(SHA締結時)に設計しておかないと、後から修正するコストが大きくなる論点です。
1. インド進出における合弁会社(JV)のSHA追加論点
インドで合弁会社(JV)を設立する際、株主間契約(SHA)は日本側の権利を守る最後の砦になります。しかしSHAは、JVが軌道に乗ってから再交渉しようとしても相手方の協力が得られないことがほとんどです。交渉力が最も高いのは設立時点であり、この段階でどこまで書き込めるかがその後の10年を決めます。
本稿で取り上げるのは、前稿のガバナンス論点に続く7つの追加論点です。配当政策・KMP選任権・関連会社取引(RPT)制限・Veto RightsとFEMA・知的財産(IP)の提供方式・Lock-in期間・AoAのEntrenchment、いずれも「入口で書いておかないと後で取り返せない」性質を持ちます。
2. 各論点の解説
① 配当政策:利益還流を保障するための最低配当条項
JVで最も多いトラブルのひとつが「インド側パートナーが利益を再投資として社内留保し続け、日本親会社への配当が支払われない」というケースです。Companies Actは配当の宣言を取締役会の裁量に委ねており、法律上の最低配当義務はありません。
SHAには以下の点を明記してください。
- 最低配当率の規定:例「一定の留保・投資計画を除き、毎年税引後利益の○%以上を配当として宣言する」
- 配当宣言をReserved Mattersに含める:インド側が単独で配当を留保できないようにする
- 配当方針の変更には双方の同意を要する旨を明記
② KMP選任権:経営陣の任命権をSHAで確保する
CEO・CFO・COO等のKey Management Personnel(KMP)の選任は、SHAで明示的に定めなければ取締役会の過半数が決定できてしまいます。インド側が取締役会を支配している場合、日本側は実質的に経営陣の選任に関与できなくなります。
- CEO・CFO・COO等のKMPの選任権:どちらのパートナーが指名するかを役職ごとに明記
- KMPの解任・交代にはReserved Mattersとして双方の同意を必要とする
- KMP選任条項をAoAにも反映させる(取締役会決議のみで変更不可とする)
③ 関連会社取引(RPT)制限:パートナーによる利益誘導を防ぐ
インド側パートナーがJVを通じて自社グループに利益を誘導するリスクがあります。例えばJVがインド側グループ会社から市場価格より高く原材料を購入したり、グループ会社に有利な条件でサービスを発注するケースです。
Companies Act §188はRPTに関する開示・承認手続きを定めていますが、SHAには追加的に一定額以上のRPTをReserved Mattersに含め、独立当事者間の条件(Arm's Length)での取引を義務付ける条項を設けてください。また移転価格税制の観点からも、JVのRPTはインド税務当局の調査対象となることを念頭に置いた設計が必要です。
④ Veto RightsとFEMAの落とし穴:運営事項への介入は「支配」とみなされるリスク
少数株主である日本側がVeto Rights(拒否権)を持つことはJVの保護手段として有効ですが、Veto Rightsが運営事項(採用・仕入先の選定・日常的な支出等)に及ぶと、FEMAの下で「支配(Control)」とみなされるリスクがあります。外資規制でFDI上限が設定されているセクターでは、少数外国株主が「実質的支配者」と判断された場合に規制違反となる可能性があります。
Veto Rightsは以下の事項に限定することが安全です。
- 資本構成の変更(新株発行・減資・持分変更)
- JVの解散・清算・事業の重大な変更
- AoAの改正
- 一定額以上の借入・担保設定
- JVのコア事業以外への参入(New Line of Business)
採用・仕入先・日常的な支出といった運営事項はVeto Rightsから除外し、経営陣の判断に委ねる構造にしてください。なお2024年のCompetition Act改正により、Veto Rightsを持つ少数株主によるJV参加がCCI(競争委員会)への届出義務を生じさせる場合があります。取引規模によってはCCI届出の要否を事前に確認してください。
⑤ 知的財産(IP)の提供:譲渡ではなくライセンスを選ぶ
日本側が技術・特許・ブランドをJVに提供する場合、IPを「譲渡(Assignment)」するのではなく「ライセンス供与(Licensing)」にすることを強く推奨します。譲渡してしまうとJVが解消された後もIPがJVまたはインド側に帰属し続けるリスクがあります。ライセンス方式であれば、JV解消・契約終了時にライセンスを終了させIPを取り戻すことができます。
- IPはあくまでJVへのライセンスであり、所有権は日本側に留保される
- ライセンスの終了条件(JV解消・重大なSHA違反・インド側によるコントロール変更等)
- JV期間中にJVが開発・改良した技術・知見の帰属(Background IP vs. Foreground IP)
⑥ Lock-in期間:パートナーの安易な撤退を防ぐ
JV設立後の一定期間(例:3〜5年)、パートナーが持分を売却・移転できないLock-in条項を設けることで、パートナーが初期段階で安易に撤退するリスクを防げます。インド側パートナーが設立直後に第三者に持分を売却し、意図しない第三者がJVに参入してくるケースも実際に起きています。
- Lock-in期間:業種・事業フェーズに応じて3〜5年が一般的
- Lock-in解除条件:重大なSHA違反・デッドロック解消手続き発動時等の例外を明記
- FEMA Pricing Guidelineとの整合:Lock-in期間中の強制買取価格を固定することはFEMA上不可のため、価格は公正価値ベースとする
⑦ AoAのEntrenchment(固化):核心条項を特別決議でも変更不可にする
Companies Act §5(3)(4)により、AoAの特定条項を「固化(Entrench)」することが可能です。Entrenchされた条項は通常の特別決議(75%賛成)では変更できず、より高い要件(例:全会一致)を変更の条件として設定できます。少数株主保護の観点から、取締役会の構成・Reserved Matters・Casting Vote禁止等の核心条項をAoAにEntrenchとして組み込むことが最高水準の保護手段となります。
3. よくある質問(FAQ)
Q: 配当政策をSHAに明記しないとどうなりますか?
A: Companies Actは配当宣言を取締役会の裁量に委ねており、法律上の最低配当義務はありません。SHAに最低配当率を定めないと、インド側パートナーが利益を再投資として社内留保し続け、日本親会社への利益還流が実質的にゼロになるリスクがあります。
Q: Veto Rightsを持つだけではなぜ不十分ですか?
A: Veto Rightsが採用・仕入先・日常的な支出などの運営事項に及ぶと、FEMAの下で「支配(Control)」とみなされるリスクがあります。特に外資規制上のFDI上限があるセクターでは、少数外国株主が実質的支配者と判断された場合に規制違反となります。Veto Rightsは資本・ガバナンス事項に限定し、運営事項には及ばないよう設計する必要があります。
Q: 技術・特許をJVに提供する際、なぜ譲渡ではなくライセンスにすべきなのですか?
A: IPを譲渡するとJVが解消された後もIPがJVまたはインド側パートナーに帰属し続けるリスクがあります。ライセンス方式であればJV解消・契約終了時にライセンスを終了させ、IPを日本側に取り戻すことができます。日本側の技術・ブランドはライセンス方式で提供し、JVへの帰属は一切生じさせないことが鉄則です。
Q: AoAのEntrenchment(固化)とは何ですか?
A: Companies Act §5(3)(4)に基づき、AoAの特定条項を「固化」することで通常の特別決議(議決権の75%賛成)では変更できないようにする仕組みです。例えば全会一致を変更条件とすることで、少数株主の同意なしに重要な条項を改変されるリスクを防ぐことができます。
4. まとめ
SHAはJV設立時の交渉力が最も高い局面で設計する必要があります。JVが軌道に乗った後でパートナーとSHAの再交渉をしようとしても、相手方の協力が得られないことがほとんどです。
日系企業が見落としがちなのは「配当政策の明記」「KMP選任権の確保」「IPの譲渡ではなくライセンス」の3点です。特にIPを最初から譲渡してしまうと、JV解消後に取り戻す手段がなくなります。日本側の技術・ブランドはライセンス方式で提供し、JVへの帰属は一切生じさせないことが鉄則です。
またVeto RightsがFEMAの「支配」規定に抵触するリスクは、外資規制セクターでは致命的な問題になりえます。ガバナンス事項への拒否権は有効でも、運営事項への介入はFEMA上のリスクを生じさせることを念頭に置いた設計が必要です。
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