皆さん、こんにちは!東京コンサルティングファーム カンボジア拠点の霜田 晋です。

2025年10月26日、米国とカンボジアは「相互貿易協定」に署名しました。見出しだけを見ると「関税問題、無事決着」という印象ですが、中身を見ると気になる点があります。カンボジアは米国製品に対する関税を100%撤廃した一方、米国はカンボジア製品への19%の関税をそのまま維持したのです。この非対称な合意は、カンボジア経済にとって本当に「軽傷」で済んだのでしょうか。アジア経済研究所が最近まとめたデータをもとに、実態を整理してみます。

関税19%にたどり着くまでの道のり

2025年4月、トランプ政権はカンボジアに49%という、東南アジアで最も高い相互関税率を提示しました。

カンボジア政府は米国製品への関税引き下げなどを提案しつつ交渉を継続し、7月7日に36%、7月31日に19%へと段階的に引き下げられました。

8月8日、カンボジアは米国からの輸入品(中古品を除く)への関税を全面的に0%にする政令に署名。10月26日の相互貿易協定で、この関税撤廃を正式な合意として確定させました。米国側は19%の関税を維持しつつ、航空機部品や医薬品など一部品目のみ無税としています。

なぜこれほど譲歩したのか、輸出構造を見るとわかる

カンボジアの輸出は、履物・衣類・旅行用品の3品目で世界輸出の50.7%を占める、労働集約型の構造です。とりわけ旅行用品は世界輸出額20.6億ドルのうち72.3%が対米向け。米国という単一市場への依存度の高さが、今回の大幅な譲歩の背景にあると考えられます。

それでも「19%は軽傷」と言える理由

アジア開発銀行(ADB)が2025年11月に発表したシミュレーションによれば、現在の19%の関税水準では、カンボジアのGDPや雇用、消費にほとんど影響が出ないと試算されています。理由は単純で、競合するバングラデシュや中国、ベトナムなども平均24%前後の関税を課されており、相対的にカンボジアの負担は軽いためです。一方、もし36%の関税が課されていた場合、貧困率は1.3ポイント、失業関連の指標は1.6ポイント悪化し、低賃金労働者の所得は2割程度落ち込んでいた可能性があると推計されています。危機は「回避された」というのが実態に近いようです。

現地の本音は「思ったより平気」

アジア経済研究所の田中清泰研究員は2025年9月末〜10月中旬、600世帯を対象に電話調査を実施しました。「米関税の引き上げが自分の仕事に悪影響を与えているか」という質問に対し、「そう思わない」「全くそう思わない」と回答した人が合わせて58.5%。中立の15.6%を含めると、最大で7割超が悪影響を深刻には捉えていないという結果でした。メディア報道で広がった悲観的なムードとは、やや温度差があるようです。

まとめ

今回の合意は、短期的にはカンボジア経済への打撃を最小限に抑えたと言えそうです。ただし、米国製品への関税を全面撤廃する一方、自国製品には19%の関税がそのまま残るという非対称な内容は、今後の議会批准や再交渉の材料になる可能性があります。進出済み・検討中の企業にとっては、目先の関税率だけでなく、今回のような合意の「中身」まで見ておくことが大切です。

出典

  • 田中清泰「(世界はトランプ関税にどう対応したか)第10回 カンボジア――関税交渉の変遷と雇用不安」アジア経済研究所IDEスクエア(2026年3月)
  • Milan Thomas and Pirom Khiev, "Economic Impacts of the United States Tariff on Cambodia," ADB Brief No. 360(2025年11月)
  • 米国ホワイトハウス「Joint Statement on United States-Cambodia Agreement on Reciprocal Trade」(2025年10月26日)
  • ジェトロ ビジネス短信「トランプ米政権、マレーシア・カンボジア・ベトナム・タイと通商合意」(2025年10月)

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霜田 晋