ドラッカー365の金言について

その他

事業の定義は3つの部分からなる。(ドラッカーの365の金言の最初のページから)
①組織をとりまく環境
②組織の使命
③組織の中核的能力

ドラッカー365の金言について、私も考えたい!と言う事で、今回はこの3つの関係性を考えてみました。

まず、最初に、私は本を最初から順に全てを読むことがあまり得意でないので、この様な箇条書きになっている箇所に目を通し前後の文章を読むようにしています。体系的にまとまっているところこそ、その本の言いたいところだと思っていますので。まぁその他の部分は、私が考えるに補足です。
皆さんも自分で文章を作ることを創造してみてください。最初に何が言いたいかを考えますよね。ある程度自分の中で考えがまとまっている、又はまとめたいと思っているから文章が書けるのです。
私も文章を書くときに紙とペンを用意して横に自分の書きたいことを図にまとめます。また、本を読むときにも箇条書きとなっている箇所を同じように図にまとめます。ちなみに今も横に紙とペンがあり、

事業 ①環境       優先順位? 現実とは?
②使命
③中核的能力

環境⇒技術?なぜ?

この様に記載されています。ここが作者の言いたいところですよね。まぁ1ページ、1ページテーマがあるような本のようなので当たり前ですが。さて、作者は何を言いたいのかを考えます。この様な箇条書きになっている箇所はまず優先順位から考えてみると良いかもしれません。少なくとも私は優先順位を必ずつけます。そして多くの作者はちゃんと優先順位が高いものから書くようにしてくれています。
おそらくこの本でも優先順位が高い(又は作者が高いと思っている)ものから順番に書いてくれているはずです。それでは文章を見てみましょう。「事業の定義は三つの部分からなる」、ふむふむ、これは上記の箇条書きの部分ですね。その定義とは、「第一に組織をとりまく環境である」、ふむふむ、そして環境とは、「社会、市場、顧客、技術である。」とあります。

・・・・・・なに?

ここで私がまず疑問に思う事は、「技術」という単語です。ぱっと見た感じの私の印象は、環境=目的、使命=選択・集中、中核的能力=技術であり、目的である環境に技術が入ることなどはあってはなりません。そもそも技術はあくまでも目的を達成する為の手段でなくてはならないのです。
技術=手段、これは「定義」と私は考えています。そして多くのビジネス書が技術=手段と教えてくれます。

ちょっと脱線しますが、何故技術が目的になることが無いのかというと、それは技術には必ず陳腐化が存在するからに他ならないと私は考えています。陳腐化するものを目的にしてはいけません(例えば、「この商品でお客様に貢献する」などの目的も私は好きではありません)。目的を変更すると言う事は組織の存在意義を無くしてしまう行為です。手段が陳腐化したらその手段を切り捨て、入れ替え、目的を達成するという事も組織であれば時には必要です。例えその手段が人間だったとしても。ただ、人間には、陳腐化しないという選択肢も残されているので、陳腐化する人は結局のところは現状に甘んじていた人たちがほとんどです。

さて話を戻すと、技術が目的となってしまっている以上、上記の私の考え(環境=目的、使命=選択・集中、中核的能力=技術)はどこか違っているのでしょう。

次に私が本を読む上でよくする事は、時間軸に沿って考えるということです。時間軸に沿って考えることは本を読む時だけではなくて、色んな時に私を助けてくれます。
それでは少し考えてみましょう。

まずは何が売れるかを考えて、次にどの様な手段で勝負するかを考えて、実際にやってみて、結果として報酬を得るんだよな。うーん・・・目的を考え、技術を考え、結果を得るか。

あれ?選択と集中がありませんね。
!!!

そうか、環境=結果、使命=目的、中核的能力=技術なのか!
というような思考回路になるのです。選択と集中は目的を定める為の一つの方法でしかありません。文中で「経済や社会に対し、何を貢献するつもりかを明らかにする。」という文言で、経済や社会を目的とし、使命を選択と集中にしてしまったのです。①の組織をとりまく環境が目的で、③の中核的能力が手段、目的と手段の間を必死に考えた結果出てきた答えが選択と集中だったのです。

①環境=結果
②使命=目的
③中核的能力=手段

私のメモにはこの様に書かれます。
そして私は思うのです。
「大切な結果を得るためには、目的と手段を大切にしよう」ってなんて当たり前のことを言っているのだと。ただ、実際にビジネスを始めるとこの当たり前のことを維持することが一番難しいのだと思います。ポイントは、目的は変えずに手段を変えようですね。

とても面白そうな本だと思いますので、皆さんも自分なりに読んでみてください。また、上記の考えはあくまでも私の結論と捉えてください。私の言うこの考えが絶対などと言う事はありませんので。

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