海外事業において、給与設定は頭を悩ませる一大要因ですが、シンガポール支社、支店などに出向になる、日本人駐在員の給与については、日本側で人事が決めているからと、あまり悩むことなくやり過ごしている企業が多いのではないでしょうか。
ここで大きな例外になりがちなのが、シンガポール永住権ことPR(Permanent Residence)を保持する駐在員の給与設定です。
今回は、PR保持者にまつわる論点を踏まえて、この例外に対する考え方を記載します。
給与設定の基準とは
原則論として、日本企業で一般的なメンバーシップ型雇用では、会社に属する社員として、責任範囲が増加するにつれて給与が増えるという体系が採用されています。
そこでは、同じように入社時から会社で働いて来た者同士は、同じように労働の対価を受け取るべきだと考えられます。
一方、日本以外の所外国で一般的なジョブ型雇用では、本人の業務内容、その希少性などにより、個々の働きに応じて会社が報酬を与えるという体系が採用されております。
そこでは、同じように会社の業績に貢献する者同士が、平等な基準に基づいて割り当てられた原資から、報酬を受け取るべきだと考えられます。
実際には、日系企業のシンガポール法人/支店でも、日本本社の社員として出向してくる場合と、現地採用の社員として働く場合では、前者がメンバーシップ型の基準で、後者がジョブ型の基準で、それぞれ給与設定がなされていることが多いものです。
PR保持者従業員の視点
従業員側の損得を考える論点としては、以下の点があげられます:
- 日本側での福利厚生(年金、退職金、保険料等)
- シンガポール側での福利厚生
- CPFを加味した手取りの多寡
まず、日本側での福利厚生は、将来的に日本に戻る予定で出向する従業員にとってはもちろん重要であるため、日本での収入を確保し、その分の所得税も支払う、ということが一般的です。
この点、シンガポールに永住予定のPR保持者にとっては、多くの場合日本側の福利厚生は重要ではないはずです。
更に、所得税の税率を考慮すると、日本側支給額をゼロにしてでもシンガポール側の所得を増やしたいのが自然と考えられます。
次に、シンガポール側での福利厚生は、通常の駐在員であれば、住宅手当、教育手当、海外赴任手当などが存在します。
これらは、家族と離れて暮らす場合、あるいは帯同して共にシンガポールで暮らすことになる場合の、諸経費を補う目的で支給されるものであり、シンガポール人と結婚した人、シンガポールに永住する人にとっては、必ずしも支給することが必要とは言えないと考えられます。
CPFについては、日本でいう年金や退職金に近い性質のものと考えることもできますが、実質的には定年に近づいてから引き出すことが可能になる従業員個人の貯蓄と位置付けられます。
短期的には手取りが20%減ることになりますが、長期的に見れば全体で収入(=会社負担)が17%増えていることにもなり、CPF従業員負担分は、必ずしも「個人の負担」と言えるものではございません。
従って、PR保持者としてシンガポールで勤務する従業員については、日本での会社・個人の負担分は極力ゼロにし、その分をシンガポール側での支給分として充当することが、個人の負担を最小限に抑えることにつながると考えられます。
会社側の視点
会社の財務その他の観点で見ると、個人の会社に対する貢献、会社における存在感と責任範囲、PRとして雇用することによるメリットなどが、論点として挙げられます。
まず、その他の駐在員と同じように日本人であり、同様に経験を積んだ従業員と考えるのであれば、
その報酬については経費としてPR保持者だけ特に大きくすべきではないと考えられます。
責任範囲についても、今後シンガポールのビジネスについて責任を負うことができるということ自体は、必ずしも高い評価に値することではなく、とりわけ報酬を高めるべきとは言えません。
一方、以下のように、永住権を保持していることで得られるメリットも存在します:
- ローカルの従業員として数えられるために、別の駐在員にEPを発行させられる可能性が増える
- コロナの場合に補助金が出たように、政府からの優遇が受けられる可能性が出てくる
- 兼業ができ、事業を立ち上げる権利もあるため、会社が事業を多角化させる余地が持てる
- PRを保持したまま長期的に日本に滞在することも許され、柔軟に研修・営業等を来なうことができる
このため、現地採用の外国人についても、途中からPRを取得してCPFの徴収が始まると、数%の昇給を行うケースが多く見られます。
これは、主に手取り額が元々の金額から大幅に減ってしまう(初年度は5%、次年度は15%、3年目以降20%)ことを受けたものですが、PR保持者には上記のようなメリットがあるという理解から会社として認めている、という側面もあります。
推奨される給与設定方法
以上の論点をまとめると、次のように整理されます。
PR保持者は日本ではなくシンガポールで生活することを選んだともいえる存在であり、例えば転職を行う場合、他社では日系企業でも現地採用として、ジョブ型雇用の基準で採用されることになると考えられます。
従って、一般の駐在員と同じ手取りが得られるようにする(メンバーシップ型雇用)よりは、会社の業績に対する貢献に応じて報酬が得られるよう設計される(ジョブ型雇用)べきだと考えられます。
次に、日本側の福利厚生・会社負担分を極力少なくし、その分シンガポールにおける手取り、会社負担分を増やすことが、個人所得税の観点からも、PR保持者の従業員にとって有利な対応と考えられます。
最後に、シンガポール法人の得られるメリットを勘案すると、CPF(=マイナス20%)を踏まえても、できる限り他の駐在員と手取りの給与が近づくよう、特別手当(または役職給)として一定の金額を支給することで、会社と従業員双方の納得につながると考えられます。
その他の論点
以上は、実務上はPR保持者の従業員の雇用を「日本社員の出向者」の立場から「現地採用の日本本社勤務経験者」の立場に変更するものであり、実際には心理的にも制度的にも変更前に比べて退職等を容易にする側面は否めません。
しかし、このような給与設定によって、例外的で不公平になりがちな企業の負担をなくし、ローカライズされた雇用形態で矛盾を解消することが可能になると考えられます。
また、契約周り、特に日本本社様の雇用条件によって、退職金等が積み立てられている場合、切り替え時にその払戻し等が必要になる等、手続き面の負担が考えられますが、こちらは度外視しました。
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株式会社東京コンサルティングファーム シンガポール法人
近藤貴政
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