こんにちは、東京コンサルティングファーム ASEAN統括責任者の大橋 聖也です。
【1分でわかるベトナム・フィリピン進出のイロハ】
No.107< ASEAN成長率トップクラス!第2回フィリピン・ベトナムの「これからの海外子会社マネジメント」>
昨今、ASEAN諸国の中でトップクラスの経済成長率と一億人規模の人口をほこり、日系企業の海外進出先として特に注目されているのが、親日国でもある“海のASEAN”フィリピンと“陸のASEAN”ベトナムです。
両国ともに比較的安価な賃金と若く豊富な労働力、かつ優遇税制などを活用した製造業やIT業を主とした日系企業の進出が増えています。
2018-2019年の日系企業進出数は、フィリピン1,356社・ベトナム1,920社となり、10年前と比較すると約2倍になっています。
今後、両国への更なる進出や事業拡大が見込まれる中、経済環境の変化に伴う「海外子会社の役割」、そして検討すべき各国の「人事労務・税務」について全3回にわたってお話したいと思います。
今回は、第2回「利益を決める人事労務マネジメント」についてです。
《主なテーマ》
第1回:これからの海外子会社の役割
第2回:利益を決める人事労務マネジメント
第3回:利益還流時の税務上の検討ポイント
Ⅱ.利益を最大化する人事労務マネジメント
現地のトップを担う人は、海外子会社で売上・利益を上げるためには、営業や製造だけでなく、日々の経営活動での様々な意思決定やマネジメントをする上で、「組織」と「財務」の視点を持つことが欠かせません。この「組織」と「財務」は、マネジメントの「原因」と「結果」の関係にあるため、分離させるのではなく、常に統合して考える必要があります。
特に財務は、全ての経営活動の結果が反映され、どこに問題があるかを課題発見し、仮説である戦略の有効性を測り、戦略を実行する組織作りを考える上でとても重要となります。
<すでに起きている経営課題①>
今後、海外子会社が避けられない経営課題の一つが、賃金上昇率による労働コスト優位性の縮小です。
フィリピン・ベトナム共にほぼ毎年、約5%程の賃金が上昇しています。当然、物価上昇を考慮せざる得ないケースもありますが、たとえ一人当たり賃金が少額であっても、毎年かつ複利での人件費アップが続くため、会社全体のインパクトは時間の経過とともに大きいものになります。
財務面では、人件費上昇率と比較して売上・粗利益の増加率が低い場合、会社の利益が圧迫され、収益性の悪化は確実に起きています。それでも、社員は毎年のように給与アップを求めてくることでしょう。
ここでの問題は、社員の関心は人件費にあり、経営者の関心は利益にあることです。
大切なことは、この一見相反する両者の要望を実現すべく、「いかに粗利益額を最大化するか」というテーマを共通目標として持たせられるかです。さもなけば、人件費上昇と引き換えに利益を犠牲するか、社員の退職が繰り返させるといった悪循環からの脱却は難しいでしょう。
真の課題は、賃金上昇することが問題ではなく、労働生産性を高めるマネジメントがないことにあります。
その為には、適正な労働分配率(人件費÷粗利益額)を基準とした総額賃金管理を行い、部門別損益計算による管理会計の導入、更にはローカルマネージャーが自拠点・自部門の利益計画を企画することで、利益責任の意識を持たせる必要があります。
また、海外子会社のトップは最低限、過去3年分の自社の労働分配率の推移を見ると同時に、月次決算書で正しい粗利益率・営業利益率を把握できているかが重要です。
さらに、海外子会社での固定費の大半を占めるのが、駐在員コストになります。場合によっては、駐在員一人分のコストがローカルスタッフ数十人分のコストに匹敵することもあります。
その理由は、「手取り保障のグロスアップ計算」、各国での「幅広い課税手当」と現地所得水準ベースの「高額な税率負担」による課税総所得額によるものです。
(参考~課税総所得額~)
課税総所得額=①手取り給与+②課税手当+③所得税
・手取り給与:日本給与の手取り保障(グロスアップ計算)
・課税手当:住宅や学費などの手厚い赴任手当
・所得税:所得の大部分が最高税率35%
財務面での日本駐在員の高額な人件費負担だけでなく、組織面でも数年単位での任期交代や属人化などの問題から市場の成長に追いつけず、組織成長が止まり “見えない機会損失”が起きてるケースもあり、ローカライゼーションによる組織作りがより一層重要になっていきます。
<すでに起きている経営課題②>
海外でのローカライゼーションを進める上で、人事マネジメントのお悩み事として、高い採用コストを払って即戦力として人材採用したにもかかわらず、数年で転職されてしまうといった離職率の問題という話を耳にします。
(参考~2019年離職率~)
フィリピン:約8.3%
ベトナム:約19%
しかし、真の問題は、離職率の全体の高さではなく「誰が辞め・誰が残っているか」です。
組織において重要なことは、パレートの法則でいう優秀な上位2割の人材が残り、中間6割の人材が育っていくことであり、下位2割のやる気のない社員やパフォーマンスが悪い社員がやめることは組織の新陳代謝を上げることに繋がり、決して悪いわけではありません。
そして、優秀な人材が育ち・残る組織マネジメントのカギは、「採用・教育・評価」の一貫した“納得感のある基準”と“成長に繋がる仕組み”が整っているかです。
表面的な結果である離職率の高さではなく、その真の原因であるマネジメントに目を向ける必要がありますので、いくつかポイントをご紹介します。
「採用」のポイントは、知識・経験といったSkill(技)ではなく、理念共有や志向性といったWill(心)を重視することです。
Skillに頼った中途採用は、即戦力にはなりますが、採用コストが高い割に、技術思考のため経験を積めばすぐに転職を繰り返します。また、すでに自身の強い固定観念があるため会社の理念や考え方の浸透が難しく、他の社員に対しても悪影響を与えてしまい企業文化の崩壊に繋がるケースもあります。
また、Skillは社内外の研修や自己研鑽で時間の経過とともに高めることが出来ますが、組織で最も大事なのは、経営理念を理解し、忠誠心の高い将来の経営幹部となる人財であり、それは外部の技術研修では補えない、高いWillを持った人財育成をすることなのです。
<人財マトリックス>
「教育」と「評価」のポイントは、会社と個人の目標設定を摺合せ、行動の変化を促し、その目標達成による会社の貢献度合い高めることです。そのためには評価する側の管理者が、単なる結果評価ではなく、行動評価とそのフィードバックによって、社員の目標達成や成長をサポートできているかです。
長期的な成長を目指す上で欠かせないのが、人によって人・組織を育てるのではなく、仕組みによって人・組織を育つマネジメントシステムの構築になります。
昨今、多くの企業が、昇給を決めるためのツールとして人事評価制度の導入を始めていますが、本来の人事評価制度の目的は、誰にいくら昇格させるかを決めるだけでなく、社員の成長と業績アップを促し、昇給・昇格の財源を決めるパイを増やすことです。そして、どんなに高性能で独自の評価制度を構築しても、成果は出ません。“運用”こそが重要なのです。
(参考~人事評価制度のポイント~)
➀「高速PDCサイクル」:3ヵ月に一回の評価で行動改善
②「貢献意欲の向上」:社員満足⇒エンゲージメント
③「管理者の育成」:評価者フィードバックと甘辛分析
④「納得感のある評価」:相対評価⇒絶対評価
*絶対評価とは、社員一人ひとりの成果・成長にフォーカスして評価すること
<将来の労務リスクとは何か>
労働者保護の強いフィリピン・ベトナムでは、労働法上、やる気のない社員に対して減給や解雇をすることは難しくなっています。しかし、実際は、やる気のない社員を自主的に辞めさせる方法があります。
それは、“給与をあげない”ことです。それによって、転職を促すことができます。
一方で、将来的に両国の経済が停滞・衰退した場合、毎年の昇給が当たり前でなくなる又は転職しても給与が上がらない状態になると、どうでしょうか。やる気のない社員は、今の会社に居続け、なるべくラクをして給与をもらおうとします。
また、ベトナムの税務面でみると、社員への業績変動型のボーナス支払いは、税務上損金算入することが難しいことから、企業側は毎期の法人税負担をなるべく抑えるため、調整可能な賞与ではなく、固定給による昇給という形で対応している企業が少なくありません。
仮に、上述したように将来的に経済成長が止まり、高給人材が会社にしがみつく状況が起きた場合、今のような固定給の増加を行う事は、支給総額調整(変動される幅)の余地が狭まり、転職を促せないことが大きな労務リスクと言えます。
本来、リスクマネジメントとは、“最悪の事態を想定し、最高の意思決定をすること”であり、その意味で将来の労務リスクとは、経済が成長してる時ではなく、鈍化又は衰退してる時に起こるのです。
長期的な視点に立ったリスクマネジメントの観点から、目先の節税を考えた固定給の増加よりも、労務リスクを視野にいれた支給総額に占める変動型の賞与の割合を増やすといった検討も必要になってくるでしょう。
そして、人事評価制度による“納得感のある評価”(=絶対評価)を行うことで、優秀な人材確保と不要な労使紛争を避けることが重要になります。
次回は、第3回「利益還流時の税務上の検討ポイント」についてお伝えしていきます。
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株式会社東京コンサルティングファーム
大橋 聖也
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