皆さん、こんにちは。東京コンサルティングファーム タイ拠点の坂田です!
タイに駐在し、現地法人の設立支援や法務・投資環境に関するご相談をお受けするなかで、スタートアップ企業への出資やジョイントベンチャー(JV)を通じた新規事業についてのお問い合わせが増えています。
タイでは従来、民商法典(Civil and Commercial Code)の規定により、株式会社の資金調達手法は限定的でした。例えば、転換社債の発行や自己株式の取得・保有は原則として認められておらず、スタートアップ投資で一般的に利用されるスキームをそのままタイで実行することが難しい状況にありました。
そうしたなか、タイ政府は2026年9月8日、スタートアップ企業の資金調達や事業環境を改善するためのStartup Promotion Act(スタートアップ振興法)の法案を閣議に提出する方針を発表しました。本記事では、この法案で予定されている資金調達手法の柔軟化について、日系企業の実務視点から解説します。
本記事の結論
タイ政府が2026年9月8日に閣議提出方針を発表したStartup Promotion Actは、認定スタートアップに対して、転換社債の発行、自己株式の取得・保有、Debt-to-Equity Conversionといった資金調達手法を柔軟に認める内容を含んでいます。
現行の民商法典では認められていないこれらのスキームが、認定を受けたスタートアップに限定して解禁される方向です。日系企業にとっても、タイのスタートアップへの出資やCVC投資、JV設立時の資本政策に影響し得る法案であり、動向を注視する必要があります。
ただし、2026年9月時点ではまだ法案段階であり、施行時期や具体的な運用は今後の国会審議を経て確定します。
Startup Actとは?
Startup Promotion Act(スタートアップ振興法)とは、タイ政府がスタートアップ企業の育成・支援を目的として策定を進めている法案です。National Innovation Agency(NIA:国家イノベーション庁)が中心となり、スタートアップの認定制度、資金調達の柔軟化、税制優遇、外国人人材の活用促進などを包括的に定める内容となっています。
タイでは従来、スタートアップに特化した法的枠組みが存在せず、民商法典や外国人事業法(Foreign Business Act)など既存の法令の制約のなかで事業を行う必要がありました。Startup Actは、こうした制約を認定スタートアップに限って緩和し、タイをASEAN地域におけるスタートアップ・ハブとして発展させることを目指しています。
なぜタイでStartup Actが必要なのか?
タイの民商法典では、株式会社(非公開会社)の資金調達手法に一定の制約があります。具体的には、
- 転換社債(Convertible Note / Convertible Debenture)の発行が原則として認められていない
- 自己株式(Treasury Stock)の取得・保有に制限がある
- Debt-to-Equity Conversion(貸付金の株式への転換)について明確な法的根拠が乏しい
といった点が挙げられます。これらはいずれも、スタートアップ投資やベンチャーキャピタル(VC)投資の現場では広く利用されている資金調達手法ですが、タイの現行法では活用が困難でした。
Startup Actは、認定を受けたスタートアップに限ってこれらの手法を解禁し、投資家と起業家の双方にとって柔軟な資本政策を可能にすることを目的としています。
Startup Actで転換社債はどう変わる?
転換社債(Convertible Note / Convertible Debenture)とは、一定の条件のもとで株式に転換できる社債です。スタートアップの資金調達では、企業価値の評価(バリュエーション)が確定する前の段階で投資を行う手法として広く利用されています。
タイの民商法典では、非公開会社による転換社債の発行は原則として認められていませんでした。Startup Actでは、認定スタートアップが転換社債を発行できるようにする規定が盛り込まれる方向です。
これにより、タイのスタートアップに対する初期段階の投資(シード・プレシリーズA)において、投資家はバリュエーションを後回しにしつつ資金を提供できるようになると期待されています。
自己株式(Treasury Stock)は何に使われる?
自己株式とは、会社が自ら発行した株式を買い戻して保有するものです。スタートアップの文脈では、ストックオプション制度(ESOP)の原資として活用されることが多く、優秀な人材の採用・リテンションに重要な役割を果たします。
タイの民商法典では、自己株式の取得・保有に制限があり、非公開会社がESOPの原資として自己株式を保有することは実務上困難でした。Startup Actでは、認定スタートアップによる自己株式の取得・保有を一定の条件のもとで認める方向とされています。
これにより、タイのスタートアップが国際的に一般的なESOPスキームを導入しやすくなることが見込まれます。
Debt-to-Equity Conversionとは?
Debt-to-Equity Conversionとは、会社に対する貸付金(債権)を株式に転換する手法です。スタートアップの成長過程では、創業者や投資家が会社に対して行った貸付を、後のラウンドで株式に転換するケースが一般的です。
タイの現行法では、Debt-to-Equity Conversionについて明確な法的根拠が乏しく、実行に際して法的リスクが伴う場合がありました。Startup Actでは、認定スタートアップにおけるDebt-to-Equity Conversionの法的根拠を明確化する方向で検討が進められています。
認定スタートアップにはどのような支援が予定されている?
Startup Actでは、資金調達の柔軟化に加え、認定スタートアップに対して以下のような支援が予定されています。
- 資金調達制度の柔軟化:転換社債、自己株式、Debt-to-Equity Conversionなど
- 税制上の支援:法人所得税の減免、投資家向け税制優遇など
- 外国人専門家・高度人材の活用促進:ビザ・ワークパーミットの簡素化
- 知的財産の保護・活用:特許・商標の出願支援
- 政府調達市場へのアクセス支援:スタートアップの政府調達参加を促進
認定手続きはNIA(National Innovation Agency)のOne-Stop Service Centerを通じて行われる予定です。認定期間は原則5年間とされていますが、Deep Tech分野(バイオテクノロジー、AI、宇宙技術など)については最長10年間の認定が検討されています。
日系企業にはどのような影響がある?
Startup Actは、タイのスタートアップ・エコシステム全体に影響を与える法案ですが、特に以下のような日系企業にとって関連性が高いと考えられます。
- タイのスタートアップへ出資を検討している企業
- CVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)投資を行っている企業
- タイ企業とのJV(ジョイントベンチャー)を検討している企業
- タイで新規事業を立ち上げる予定の企業
- タイ企業との資本・業務提携を進めている企業
特に、転換社債やDebt-to-Equity Conversionが利用可能になれば、日系企業がタイのスタートアップに対して柔軟な投資スキームを設計できるようになります。また、ESOPの導入が容易になれば、合弁先のタイ企業における人材リテンション施策の選択肢も広がります。
2026年9月時点ではまだ法案段階
ここで注意が必要なのは、Startup Actは2026年9月時点ではまだ法案段階であるという点です。閣議提出方針は発表されましたが、国会での審議・可決、施行令の制定を経て初めて法的効力を持ちます。
したがって、現時点では以下の点について今後の動向を確認する必要があります。
- 国会での審議スケジュールと可決の見通し
- 施行時期(公布後の猶予期間を含む)
- 認定スタートアップの具体的な要件・手続き
- 転換社債・自己株式・Debt-to-Equity Conversionの具体的な条件
- 税制優遇の対象範囲と適用期間
- 外国人事業法との関係(外資規制の緩和が含まれるか)
よくある質問(FAQ)
Q1.Startup Actはいつ施行されますか?
2026年9月時点では法案段階であり、施行時期は未確定です。閣議提出後、国会での審議・可決を経て施行されます。具体的なスケジュールについては、今後の国会審議の進捗を注視する必要があります。
Q2.認定スタートアップになるための要件は何ですか?
法案の詳細が確定していないため、認定要件の全容は明らかになっていません。NIA(国家イノベーション庁)が認定手続きを担当する予定であり、イノベーション性や事業計画などが審査基準になると見込まれています。施行令・省令の公布後に具体的な要件が確定します。
Q3.日系企業がタイのスタートアップに出資する場合、Startup Actの恩恵を受けられますか?
出資先のタイ企業が認定スタートアップに該当する場合、転換社債やDebt-to-Equity Conversionなどの柔軟な投資スキームが利用可能になると期待されています。また、投資家向け税制優遇が設けられる場合には、出資元の日系企業にも恩恵がある可能性があります。ただし、具体的な適用範囲は法案の最終内容に依存します。
実務上のチェックポイント3選
① 出資先・JV先がStartup Act認定の対象になり得るか確認する
既にタイのスタートアップへの出資やJV設立を検討している場合、出資先・JV先がStartup Actの認定要件に該当し得るかを事前に確認しておくことをおすすめします。認定を受けた場合に利用できる資金調達手法が広がるため、投資スキームの設計に影響し得ます。
② 投資契約書のドラフトにStartup Act対応条項を検討する
Startup Actが施行された場合に転換社債やDebt-to-Equity Conversionを利用する可能性がある場合、投資契約書のドラフト段階で「Startup Act施行後の転換条項」や「認定取得を条件とする条項」を盛り込むことを検討しましょう。法案段階であっても、将来の法制度変更を見据えた契約設計は有効です。
③ NIAおよび関連省庁の発表を継続的にモニタリングする
法案の審議状況、施行令・省令の内容、認定手続きの詳細については、NIA、内閣府、国会の公式発表を継続的にフォローする必要があります。法案の内容が審議過程で修正される可能性もあるため、最終的な条文が確定するまで定期的に情報を更新することが重要です。
まとめ
タイ政府が2026年9月8日に閣議提出方針を発表したStartup Promotion Actは、認定スタートアップに対して以下のような資金調達手法の柔軟化を予定しています。
- 転換社債(Convertible Note / Convertible Debenture)の発行
- 自己株式(Treasury Stock)の取得・保有
- Debt-to-Equity Conversion(貸付金の株式転換)
- 税制優遇、外国人人材活用、知的財産保護などの包括的支援
- 認定期間:原則5年間(Deep Techは最長10年間)
日系企業にとっては、タイのスタートアップへの出資、CVC投資、JV設立、資本・業務提携などの場面で、より柔軟な投資スキームを設計できる可能性があります。
ただし、2026年9月時点ではまだ法案段階であり、施行時期や具体的な運用は今後の国会審議を経て確定します。現段階では、法案の動向を注視しつつ、出資先・JV先の認定可能性や投資契約への対応条項について事前に検討を進めておくことが実務的な対応となります。
東京コンサルティングファームのサポート
東京コンサルティングファームでは、タイにおける会社設立、M&A、JV設立、投資契約、法務デューデリジェンスなど、日系企業の現地法人運営およびクロスボーダー投資をサポートしています。
Startup Actに関連して、「タイのスタートアップへの出資スキームを検討したい」「転換社債やDebt-to-Equity Conversionの活用可能性を確認したい」「JV契約にStartup Act対応条項を盛り込みたい」といったご相談に対応しております。
タイにおけるスタートアップ投資や資本政策についてお困りの点がございましたら、お気軽に東京コンサルティングファームまでお問い合わせください。
【免責事項】
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、法的助言を構成するものではありません。法令・税制・行政運用は変更される場合がありますので、具体的な案件については最新の法令・行政運用をご確認のうえ、専門家へご相談ください。
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