皆さん、こんにちは。東京コンサルティングファーム タイ拠点の片山です!タイはASEANの製造拠点・消費市場として、多くの日系企業が進出しています。一方で近年は、人件費の上昇、主要取引先の撤退、経営戦略の見直し、市場環境の変化などを背景に、タイ事業の縮小や撤退を検討する企業も増えています。

実際に私もタイへ赴任してから、進出だけではなく、「どのように撤退するか」という視点が経営上非常に重要なテーマであると感じています。特に海外子会社の撤退は、日本国内の事業閉鎖とは異なり、税務・法務・労務・ライセンスなど多くの論点が絡みます。今回は、タイにおける撤退戦略について、実務上のポイントを整理していきたいと思います。

【本記事の結論】

タイでの撤退戦略とは、事業継続が困難な際に、M&A売却・清算・破産の中から最適な手法を選択し、損失と関係者への影響を最小限に抑えて事業を終了させる計画を指します。

タイでの撤退戦略とは?

タイでの撤退戦略とは、事業継続が困難になった際に、損失や関係者への影響を最小限に抑えながら事業を終了させるための計画です。タイでは「M&Aによる売却」「清算」「破産」の3つが主な選択肢となります。

  1. M&Aによる売却
  2. 清算(Liquidation)
  3. 破産(Bankruptcy)

意外かもしれませんが、撤退=清算ではありません。近年では、従業員や取引先との関係を維持できることから、M&Aによる売却を選択するケースも増えています。

まず「撤退すべきか」を判断する

撤退の判断は、単年度の赤字だけで決めるものではありません。事業の将来性や代替戦略も含め、多面的に検討することが重要です。タイ子会社の撤退が検討される背景としては、以下が挙げられます。

  • 赤字が長期間続いている
  • 主要顧客がタイから撤退した
  • 固定費や人件費が増加した
  • コロナ禍以降に事業環境が変化した
  • 親会社の経営方針が変わった

ただし、赤字だからすぐ撤退するというものではありません。例えば、「主要顧客が1社撤退しただけなのか」「タイ市場そのものに将来性がないのか」「他事業へ転換できないのか」など、多面的な検討が必要になります。

選択肢① M&Aによる売却

タイにおけるM&Aによる売却は、既存の取引先やライセンス、従業員を維持しながら撤退を実現できる可能性があるため、近年注目されている手法の1つです。M&Aによる売却のメリットは、以下の点です。

  • 取引先との契約を維持できる
  • 従業員の雇用継続が期待できる
  • 設備やライセンスを有効活用できる
  • 売却対価を得られる可能性がある

例えば、製造業では赤字であっても、BOI恩典、既存顧客との取引基盤、熟練従業員、工場設備などに価値を見出し、買収希望者が現れるケースがあります。「撤退だから価値はない」と考えてしまうのは、非常にもったいないケースもあります。

選択肢② 清算(Liquidation)

清算はタイにおける最も一般的な撤退手法ですが、税務調査や行政手続きが発生するため、実務上は1年以上かかることも珍しくありません。タイで清算を行う場合、以下の流れになります。

  1. 事業活動の停止
  2. 従業員の解雇
  3. ステークホルダーへの通知
  4. 資産・負債の整理
  5. ライセンスの取消し
  6. 各当局への登記
  7. 清算結了

しかし、実務ではすぐに終わるものではありません。税務調査などの状況によっては、完了まで1~2年程度を要するケースもあります。

選択肢③ 破産(Bankruptcy)

破産は負債超過などにより事業継続が困難となった場合の最終手段です。裁判所が関与するため、手続きが長期化する傾向があります。

資産より負債が大きく、返済が困難な場合には破産を検討するケースもあります。ただし、破産手続きは裁判所が関与するため、5年~10年程度の長期化となる可能性があります。そのため、「本当に破産しか選択肢がないのか」を慎重に検討する必要があります。

撤退時に見落とされやすいポイント① ライセンス

BOI認可や各種ライセンスを保有している場合、取消し手続きに数か月を要するケースがあります。さらに注意したいのが輸入関税です。

例えば、BOI恩典を利用して免税輸入した機械設備を保有しているものの、恩典要件を満たさない状態で撤退する場合、以下の支払いが発生する可能性があります。

  • 関税
  • ペナルティ
  • 延滞利息

撤退時に見落とされやすいポイント② 税務

タイでの撤退時には、税務調査や還付手続きが想定以上に時間やコストを要するケースがあります。そのため、撤退を検討し始めた段階から証憑管理を含めた事前準備が重要になります。撤退時には、法人税、VAT、WHT、税務調査が大きな論点になります。

例えば、VATやWHTの還付を受ける場合、税務調査が実施されるケースが一般的です。その結果、「還付を受ける予定だったが、過去の申告誤りが見つかり、追徴税額の方が大きくなった」というケースもあります。

そのため、撤退を検討し始めた段階で、以下が適切に保管されているか確認することが重要です。

  • 契約書
  • 請求書
  • Tax Invoice
  • 会計証憑

撤退時に見落とされやすいポイント③ 従業員対応

従業員対応は、撤退時に最も慎重な対応が求められる論点の1つです。特に解雇補償金は撤退コストへ大きく影響するため、早い段階で試算を行うことが重要になります。タイでは、勤務期間に応じて解雇補償金の支払いが必要になります。

勤務期間解雇補償金
1年以上3年未満90日分
3年以上6年未満180日分
10年以上20年未満300日分
20年以上400日分

※労働者保護法等の改正により、今後基準が変更される可能性があるため、都度、最新の法令を確認してください。労働法や行政運用は変更される可能性があるため、実際に撤退を検討する際には最新の法令や運用状況を専門家へ確認することを推奨します。

また、実務では、「法定補償金+1か月分程度の慰労金」を支払うケースも少なくありません。そのため、撤退コストを試算する際には、人件費も織り込む必要があります。

【FAQ】タイ撤退でよくある質問

Q. タイには日本のような休眠制度はありますか?

ありません。事業を停止していても、税務・法務上の申告義務は継続します。

Q. 赤字会社でも売却できますか?

はい。顧客基盤やBOI恩典、設備、人材などに価値がある場合は、M&Aによる売却が成立するケースがあります。

Q. 撤退にはどのくらい時間がかかりますか?

清算であっても、税務調査の状況次第では1~2年程度かかることがあります。

タイ撤退クイズ

最後に、今回の内容に関連したミニクイズです!

【第1問】タイ子会社が3年連続赤字です。最初に検討すべき事項として最も適切なのはどれでしょう?

① 直ちに破産申請する
② 即日解雇を行う
③ 清算前提で資産売却を開始する
④ M&A売却も含め、複数の撤退手段を比較検討する

【第2問】BOI恩典を受けて輸入した設備を保有したまま撤退する場合、最も注意すべきものはどれでしょう?

① VATのみ
② 関税・ペナルティ・延滞利息
③ 個人所得税
④ 印紙税のみ

【第3問】VAT還付を受けながら清算を進める際、最もリスクが高いものはどれでしょう?

① 税務調査が実施される可能性
② 株主総会の開催
③ 取引先への通知
④ 登記費用の発生

解答・解説

【第1問】の答え:④

撤退=清算ではありません。M&Aによる売却、清算、破産を比較し、最も損失が小さい選択肢を検討することが重要です。

【第2問】の答え:②

BOI恩典を利用した設備については、恩典要件を満たさない状態で撤退すると、関税・ペナルティ・延滞利息の支払いが発生する可能性があります。

【第3問】の答え:①

VAT還付を申請すると税務調査が行われるケースが多く、証憑不備などによって追徴課税が発生するリスクがあります。

まとめ

タイでの撤退戦略では、「どのように進出するか」だけではなく、「どのように退出するか」を事前に考えておくことが非常に重要です。特に、M&Aによる売却、清算、破産のどれを選択するかによって、従業員、取引先、親会社への影響は大きく変わります。

また、BOIライセンス、税務調査、解雇補償金など、撤退時には想定以上のコストや時間が発生することも少なくありません。そのため、撤退を検討し始めた段階から、法務・税務・労務を含めた総合的なシミュレーションを行うことが重要になります。

撤退は決して失敗ではありません。むしろ、経営資源を成長分野へ再配分するための、前向きな経営判断です。

私自身、現在はタイ拠点業務に加えてM&A事業部も兼任しているため、今後もタイを中心としたクロスボーダーM&Aや海外進出実務について、進出だけではなく「撤退」や「事業再編」といった視点も含めて発信していければと思っております。

東京コンサルティングファームのサポート

東京コンサルティングファームでは、タイ進出やクロスボーダーM&Aを検討する日系企業向けに、会計・税務・法務支援、M&Aアドバイザリー業務を行っています。

タイ進出時の会社設立やバックオフィス構築だけでなく、事業再編や撤退戦略の立案、M&Aによる事業売却、清算手続きのサポートまで、現地実務を踏まえた支援が可能です。タイ進出や現地法人運営、クロスボーダーM&A、撤退戦略についてご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

【免責事項】

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、法的・会計・税務的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、最新の法令・行政運用を踏まえ、専門家へご相談ください。

株式会社東京コンサルティングファーム M&A事業部兼 タイ拠点
片山