労務・労働法
目次
1・インドの労働法
■労働法の概要
インドでは英国からの独立後、社会主義政策を布いていたため、インドの労働法制は労働者保護的で、国による規制的側面が強いという特徴があります。
インドは28の州と7の連邦直轄領から成る連邦国家ですが、労働法については連邦・州がともに立法権限を有しています。従って、連邦法と州法ごとに、労働条件を定めた労働関連法規を確認する必要があります。
実際には、連邦法の内容で州法が独自で定めることを禁じられているものは、「労働者」の定義など全国統一的な解釈が強く要請されるものや、子供の深夜労働禁止など社会的弱者保護が強く要請されるものに限られています。
このため実務では、連邦法の内容がそのまま適用される州は少なく、多くの場合、州法により連邦法の内容に一定の修正が加えられています。
インド全体に適用される連邦法の中で、もっとも基本的な法律は、1947年産業紛争法(Industrial Dispute Act, 1947)です。労働法全般の適用対象となる「労働者(Work Man)」の概念を定めているなど、インドの労働法を概観するにあたって必ず登場する法律です。
また、労働者への強制労働の禁止や、児童や女性などへの就業にかかる保護について規定した主な法律としては、以下の2つが挙げられます。
・1976年拘束労働制度(廃止)法(Bonded Labour System (Abolition) Act,1976)
国際労働機関(International Labor Organization:ILO)で定められた強制労働条約(29号)に基づき、処罰等の強制力をもって、または労働者自らの意思を持たずに労働させることを禁止する法律です
・1986年児童労働(禁止および規制)法“Child Labor (Prohibition and Regulation Act, 1986)
ILOの138号条約(就業最低年齢)と、児童の労働環境について規定した182号に基づき、児童の就業制限や労働環境の改善について定めています。
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■「労働者(Work Man)」と「労働者(Work Man)」の区分
インドの労働法で重要なポイントは、1947年労働紛争法によって定義される「労働者(Work Man)」である被雇用者と、労働者でない被雇用者「非労働者(Non-Work Man)」に分けている点です。
1947年労働紛争法によると、以下のように区分されています。
・「労働者」(Work Man)…原則的に事業主に雇用されている者
・「非労働者」(Non-Work Man)…以下の例外規定4項目に該当する者
(ⅰ)空軍、陸軍、海軍に所属する者
(ⅱ)警察または刑務所で雇用されている者
(ⅲ)経営者的・経営管理的な立場にある者
(ⅳ)賃金が10,000ルピー/月以上の監督的な立場にある者
※上記(ⅲ)、(ⅳ)の「経営者的・経営管理的」や「監督的」な立場に関して、客観的に明確な基準はなく、判例に基づいて個別具体的に判断する必要が出てきます。
インドと日本の違いは、日本の場合には原則として、「管理監督者」も労働者の範疇に含まれるものであり、基本的には保護の対象という扱いです。日本の労働基準法上適用除外となるのは、労働時間、休憩、休日の規定に限定されています。
しかし、インドでは、「非労働者」になると多くのインド労働法の保護の対象から外れてしまいます。特に解雇にかかる点においては、労働者と別の扱いとなるために、労使紛争となった場合の管轄が異なります。
労働法の保護対象者となるのは、「労働者(Work Man)」であり、それ以外の者は1872年一般契約法(Indian Contract Act, 1872)上での問題として取り扱われることになります。
■雇用契約の概要
インドでは、ワークマン・ノンワークマンを問わず、被雇用者を雇用する場合、会社と被雇用者の間で書面の雇用契約(employment agreement)を締結することが一般的です。雇用契約書を作成する主なメリットは、訴訟社会であり、労働紛争の数も多いインドにおいて、予め書面によって労働条件を明示的に確認しておくことで、後日の紛争を防止しやすくなるという点です。主なデメリットは、個別の労働契約の文書管理が煩雑になるという点です。
人材の採用時は、試用期間を設けることが奨励されます。労働者保護の色彩が強いインドでは、試用期間の設定は、解雇の紛争等の回避手段として非常に重要となります。正規雇用した場合、特にWork Manについては解雇が難しいとされています。インドの法令上、試用期間に関する規定はありませんが、判例上6カ月程度の試用期間であれば有効性が認められています。
契約締結時の形態は、下記のように分類されています。
直接雇用 | 間接雇用 |
終身雇用 雇用期間を定めない雇用 | 契約労働者の利用 請負会社(日本の人材派遣会社)から契約労働者(contract labor)の派遣を受け、当該契約労働者の労働力を使用する雇用形態 ※会社と被雇用者の間には、雇用契約や雇用関係は存在しない |
有限雇用 雇用期間を定めた雇用 | |
パートタイマー等の非正規雇用 終身雇用や有期雇用の被雇用者と区別されていない |
また、雇用契約書を作成する際に気を付けなければならないのは、被雇用者の労働条件が、被雇用者の勤務場所の性質により異なることです。
オフィスや店舗等での勤務の場合、州法である「店舗施設法(Shops and Establishments Act)」という法令が適用され、労働条件の下限が定められます。
工場での勤務の場合には、連邦法である「1948年工場法(Factories Act, 1948)」という法令が適用され、労働条件の下限が定められます。また工場管理者の設置義務や作業上の安全配慮義務等、工場のみに適用される規制もあります。
2・インドの労務
インドでは、一定の要件をみたす場合を除き、原則として就業規則を策定する必要はありません。被雇用者(employee)との間の契約は、全て個別契約で対応することも可能です。しかしインドの労働契約は、10ページを超えることもあるため、個別に契約していたのでは、これらの文書管理に膨大なコストを要します。また、特定の労働者との間で紛争が生じた場合、その労働者との個別契約を探し当てなければいけません。辞めた労働者の契約も、後日の紛争可能性を考慮すると、一定期間は文書を保管しておく必要があります。
そこで、実務上は、個別の労働契約に共通する内容(勤務時間、休み、経費精算、守秘義務など多数)を取り出し、服務規程(Employment Policy)として制定して、個別の労働契約については、「服務規程に従う」との文言を入れた上で、簡素化しています。
注意すべきは、この「服務規程(Employment Policy)」と、上記で述べた「就業規則(Standing Orders)」とは、インド法上、法的な位置づけが全く異なるという点です。
「就業規則(Standing Orders)」は、1946年産業雇用(就業規則)法(Industrial Employment (Standing Orders) Act, 1946)により定められた、「一定の要件」に該当する企業が、雇用条件として制定の義務が課せられているものです。
一方「服務規程(Employment Policy)」は、「文書管理を簡素化、効率化する」という観点から、会社が任意に定めるものとされています。
就業規則の作成を義務付けられる「一定の要件」とは、下記のように定められています。
・100人以上の労働者が雇用されている
・100人以上の労働者が過去12か月に雇用されていた産業施設(工場、鉱山、プランテーションなど)
上記以外の場合については、就業規則の策定義務はありません。例えば日本企業のインド現地拠点が通常の事業所、オフィスであれば、当該事業所について就業規則を定める必要はありません。
■インドの社会保障制度
インドの社会保障制度は、1952 年従業員積立基金及び雑則法、1972 年退職金支払法、1948 年従業員州保険法などにより定められています。概要は以下の通りです。
法規 | 概要 | |
従業員積立基金及び雑則法 | 従業員積立基金制度 | 工場その他施設で雇用されており、かつ月額賃金が6500ルピー以下の従業員は加入義務がある。雇用者が支払う拠出金は、毎月の基本賃金・物価保障手当・引き止め手当の12%に相当する額となる |
従業員年金制度 | 従業員積立基金及び雑則法が適用される工場・その他の施設で雇用されている従業員に適用される。雇用者は従業員積立基金制度に基づく雇用者の拠出金から、従業員による支払の8.33%に相当する拠出金の一部を従業員年金基金送金しなければならない。これに対して中央政府が、従業員の賃金の1.6%分の拠出を行う。従業員年金制度に基づき、従業員は退職・定年退職並びに恒久的・全面的障害等の場合には年金を受け取ることができる | |
従業員預金リンク保険制度 | 適用条件は従業員年金制度と同様。従業員預金リンク保険制度上、従業員は拠出を行う必要がない。雇用者は、従業員の賃金の0.5%に相当する金額を拠出する。当制度は、基本的に生命保険プランであり、従業員が雇用中に死亡した場合、当該従業員が指名した者またはその家族に一括金が支払われる | |
退職金支払法 | 原則、以下に掲げる事由が生じた場合に従業員に退職金が支払われる
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従業員州保健法 | 疾病給付金・出産給付金・雇用中の傷害又は死亡による障害給付金・扶養家族給付金・医療給付金及び葬儀給付金等の給付金について定めた法。全従業員に適用されるが、月額賃金が15,000ルピー以上の従業員には適用されない。従業員州保健法に基づき設立された保険基金に対する雇用者及び従業員の拠出金は、それぞれ賃金の4.75%及び1.75%とされている。 |