カンボジア企業経営への心得

経営

皆様こんにちは、カンボジア駐在員の澤柳です。             

さて、今回のテーマは「性善説的経営」です。

 

ドラッカーの著書を読むと、ドラッカーは徹底して人間というものを信じ抜いていることがよくわかります。ドラッカーの思想は、性善説に通じています。

人間の本性は善であるのか、悪であるのかに関し、古来より意見の対立が見られます。孟子や孔子が性善説を説く一方で、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は確固たる性悪説を説きました。マクレガーのXY理論も、結局は性善説と性悪説に基づきます。

共産主義を含め、独裁主義国家は性悪説に基づきます。そして、その相次ぐ崩壊を見ても明らかなように、性悪説に基づく悪のマネジメントは成り立ちません。企業と国家は一般的には全く比較対象にはなりませんが、しかし「マネジメント」に関しては本質は同じです。

そして、ここに鬼手仏心という考え方がありますが、仏心という言葉によく注意しなければなりません。仏心とは、そもそも愛ではありません。仏教では愛は欲望(執着心)の一種であり、否定されるものです。
仏教で求められるのは、「慈悲」の心であり、これこそが仏心となります。慈悲とは、人間の幸福は他の人を幸福にすることを抜きにしてはありえないという考え方です。そして、愛とは異なり、人間関係の中でしか生まれることのない心になります(自分のためだけの慈悲というものは存在しません)。

つまり、愛でマネジメントを行おうとすることは、これもまた性悪説による経営であり、ドラッカーにとっては否定すべき経営のスタイルとなるでしょう。ドラッカーの思想の根底にある人間への信頼は、全く愛によるものではなく、慈悲の心が根底にあるのだと思います。

 

澤柳 匠

 

関連記事

ページ上部へ戻る