判例の紹介

労務

 

平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
東京コンサルティングファームの谷口で御座います。

今回は判例の紹介を致します。

 

<判例の概要>
本件は、ある慈善団体(M社)が運営する透析センターで、ナースとして働いていたV氏が、自身の解雇はM社による不当解雇だとして訴えたものである。解雇までの流れは、以下の通りである。
M社は、V氏の3つの問題行動に対して不満を感じていた。

  1. 2002年3月4日、V氏が直属の上司である主任看護師・S氏の指示に従わず、後に口論となったこと。
  2. 2002年3月4日、4~5回の血液透析の挿管の失敗の後にも関わらず、同僚からのアシストや主任看護師からの許可を得ず、患者に帰宅するよう指示するなど、適切な治療をしていなかったこと。
  3. 2001年2月26日のKajangへの異動から現在まで、ルール、規定そして直属の上司によって与えられた指示に従わなかったこと。ほかの同僚と協力し、チームのメンバーとして働くことや、施設の日々の業務の支援ができていなかったこと。

2002年3月5日、M社は①、②の行動に対する理由呈示命令書(Show cause letter)を発行し、その4日後にV氏は書面で返答した。返答から6日後、M社は「V氏の説明は受け入れられない」という旨のレターを発行した。しかしその後、V氏に対して何か行動がとられることは無かった。2002年3月25日、M社は書面にて、V氏には3つの問題行動があり、それらについて問うため、内部調査会(Domestic Inquiry)が2日後に行われるという旨を告知した。内部調査会にて、3つの問題行動の全ての責任はV氏にあることが明らかになり、M社は解雇を決めた。2002年5月3日、M社は即日解雇をV氏に通達した。

 

 

<従業員側の主張>
解雇前に、適切な書面での警告はなく、解雇通知に解雇の理由も明示されていなかった。V氏は急いでCEOに解雇の理由を問いただそうとしたが、会えなかった。これは、解雇の理由を知る権利を拒否していることになる。また、解雇の日は医療休暇をとっていた日であり、V氏は仕事できなかった
よって、この解雇は正等な理由なく行われたものである。職場への復帰と、解雇された日からの給与の支払いを会社に求める。

 

 

<会社側の主張>
V氏は、3つの問題行動を起こしている。これらに対し、会社では理由呈示命令書を発行した。それに対するV氏の返答も受け入れられるものではなかったため、内部調査会を開き、いずれの問題行動もV氏に責任があると認められた。解雇警告書(Warning letter)は出していないが、内部調査会を開く前に発行した理由呈示命令書は警告書に等しいものであり、それにも記載してあるV氏の①~③の問題行動が、V氏に懲戒処分を与えることになった要因である。内部調査会後に、全ての責任はV氏にあると判断したことも通知しているため、これらの行動に対して解雇という対応がなされることをV氏は知っていたはずである。

 

<判決>
本件を不当解雇とし、会社側に補償金を支払うよう命じる。金額は以下の通り。

(a)解雇(2002年5月3日)の日から最後の証人尋問(2016年2月24日)までの未払い賃金、ただし24ヶ月までとし、月給は最後に支払われた月給を基に計算する。

RM1,900 × 24ヶ月 = RM45,600
ただし、V氏の退職後に他の会社に勤めていたことを考慮し、そのうち10%(=RM4,560)は、減算する。

(b)復帰の代わりに、雇用当初(1999年4月1日)から解雇(2002年3月5日)までの年数1年につき1か月分の給与

RM1,900 × 3ヶ月 = RM5,700
合計 RM46,740

 

<裁判所の見解>
会社側は、内部調査会の結果、すべての責任はV氏にあると判断しているが、その内部調査会は公平かつ正式なものとしては成り立たっていない。その原因として、主に以下の2つがあげられる。

(a)内部調査会実行について従業員に事前の通知する際、その通知書には「内部調査会である」と明記されていなかった。従業員はそれが内部調査会であると気づかず、「会議」として参加していた。これは従業員側に準備の機会を与えなかったことを意味し、公平な調査会ではなかったといえる。

(b)調査委員会の唯一のメンバーであり議長を務めたCEOは、もともとV氏への業務上の指導をしていた関係者であり、調査会中も個人的な意見をコメントしていた。このことから、このCEOは公平性にかけており、主観的な意見で調査報告書を書き上げた可能性があるとみなす。

 

そのため、3つの問題行動について裁判所で改めて調査したが、以下の調査結果から全てがV氏の責任だったとはいえないと判断できる。

  1. 該当患者の名前や、問題が起こった時間や場所などの具体的な情報が明示されていない。また、M社は、会社側にとって重要な証人となる目撃者・医師J氏を、証人として裁判に呼んでいない。会社はV氏に責任を追及する以上、V氏に3つの問題行動の責任があるという十分な証拠を裁判所に提出しなければならないため、J氏を呼ぶべきである。M社は、J氏はすでにM社の社員ではないため呼べないとしているが、それは説得力のある理由ではない。証拠不十分のため、V氏には責任はないものとする。
  2. ①と同じく、該当患者の名前や、問題が起こった時間や場所などの具体的な情報が明示されていない。本件もまた、証拠不十分のためV氏に責任はないものとする。
  3. 「与えられた指示に従わなかった」という訴えは、包括的な言い分であり、具体的にどの規則が破られたのか、いつ、どこで違反されたのかという詳細がない。また、本件については理由呈示命令書にも記述がなかった。よって、証拠不十分のためV氏に責任はないものとする。

 

会社側が訴えていた3つの問題行動の責任がV氏にあるということは証明できなかったため、会社側が要求を呑むべきである。また、当初のV氏の職場復帰という希望は、職場の雰囲気を考慮すると適切ではないため、賠償金という形での判決を下す。

 

 

<判決のポイント>
今回重視されたのは、内部調査会(Domestic Inquiry)の効力の有無でした。当事者に、事前に調査会が行われること及びその調査会の内容は何に対するものかを書面で通知していたか、通知によって当事者に調査会の準備の機会を十分に与えたか、調査会の内容は正式に記録されていたか、例えば録音から書面へと記録を移した際に内容に相違ないことを従業員と共に書面で確認を取っているか、内部調査委員会のメンバーは客観的で公平な視点を持ち合わせた者(人事部ではない者、当該従業員よりも役職が上の者、当該の問題に直接の関わりが無い者)であるか等、内部調査会が公平に行われ正しく記録されなければ、その効力は無いと判断されます。

 

また、問題行動を原因に解雇させる場合には、それが起こったとされる具体的な日時、場所、内容といった詳細が説明できなければなりません。具体性がなく、十分な証拠がない場合は、その訴えは無効とされ、今回のように不当な解雇とみなされる可能性が高くなるでしょう。
解雇の警告書を発行していなかったことも会社側の不利になる大きな要素です。理由呈示命令書の発行や内部調査会を実施していたとしても、解雇の理由を明記した警告書を発行しなければいけません。

 

また、解雇通知に解雇の理由が載っていないからといって不当な解雇にはならないという判例が以前にあったため、その点については今回問題視されませんでしたが、従業員側が不安・不満を感じる要素となるため、理由を明記することをお勧めします。

 

以上となります。

どうぞ引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。

 

 

東京コンサルティングファーム
谷口 翔悟

 

 

 

 

 

 

 

 

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